今、私は札幌の羊が丘ドームに近いマンションに住んでいます。マンション生活というと聴こえは良いのですが、現実は並以下の共同住宅で狭いという欠点があります。
極端な言い方をすれば、新しい本の居場所を確保するため、今後使うことがなさそうな本から順に処分して行かなければならない状態です。
そんな中で、当然捨てられてよい年代物なのに、今だに生き残っている1冊の本があります。研究社昭和2年刊「新英和大辞典」がそれ。
終戦の翌年函館の旧制最後の中学校に入り、郊外から市内までの数キロを夏は自転車で通うことになりました。当時、アメリカ進駐軍が箱館水産専門学校を接収していました。
精いっぱいの英語をぶっつければチョコレートをもら以外にも役立ちそうに思われた時代で、兵隊の胸のEGGという英単語を発見し、それが彼のあだ名と知って驚いたりもしました。
わが家には田んぼは有りませんでしたが、野菜農家のため、代用食となるイモ・カボチャの類だけは十分にありました。
ある朝、そのジャガイモを荷台に積んで、中学校近くの五稜郭の古本屋に立ち寄り、店番に恐るおそる英和辞書との物々交換を申し入れた。農村から街への逆買い出しである。
幸い、その店主は気楽に応じてくれた。こうして、海外につながる知的好奇心を少し満足させてくれる本が手に入った。本には旧持ち主の名前が墨で大きく書かれていました。それが目障りでしたが、中学1年生の本棚、いやわが家にとって1番部厚いものでした。この辞書から得たラテン語などの語源の知識は、その後の大学受験の際の語彙拡大に役立ち、ジャガイモの元はとっくに取らしていただいた。今では、版が重ねられ、もっと良いものが出てきた。しかし、私より先にこの世に出たという古さの故もありましょうか、かえって処分できずにいます。