ポテトエッセイ第28話
ジャガイモの花は意外と美しい。その花じゅうたんを遠くから眺めても、農業試験場などに足を運んで、バライティに富む花一つひとつを見てもいいものです。そしてその鑑賞時間としては、花の中央の黄緑色の先端(柱頭)に宝石のような粘液があって、花弁がしぼまぬ午前中をおすすめしたいのです。 白花では、畑を遠くからみると、ソバ畑に似ていますが、近づいてみると違いがわかります。蜜腺が無いため、ソバ畑で見られるような賑やかに飛び回るアブや蜂の来訪がなく、とても静かで、女性的(いや男性的?)です。
ジャガイモ自体の香りは、水煮、蒸煮、焼イモなど、原料を生かした料理ほど当然のことながら重要です。この香りには、リノール酸やリノレン酸などの不飽和脂肪酸から誘導される揮発性アルデヒドとかアルコール類などが関与しているようです。このフレーバー(口腔から鼻腔にぬける部分で感じる香味)の外にも、舌で感じる味も加わった風味となると、いっそう複雑です。 イモの香りには、はっきりした個性があって、産地にもよりますが、「メークイン」や「エニワ」のようにイモ臭さの強いのもあります。
よい風味の品種としては、人の好みや産地にもよりますが「男爵薯」、「蝦夷錦」、「銀山紫」などが知られています。後の二つは、『幻のイモどこそこで栽培』とかいう見出しで忘れたころ新聞にでてきます。
では、花の香りとなるとどうでしょう。
北方産花香気成分の研究をやっておられ、根釧農業試験場庁舎裏(当時中標津町桜ケ丘)の実の結ばぬ栗の花の採取に見えたことのある北海道女子短大の若山誠治教授(当時)から、ジャガイモの花の香りについて、問い合わせをもらい、その答えに窮したこともありました。ジャガイモの花の満開時には、茎葉の香りと共に淡い香りがすると認める者はいたのですが、それが何の香りに近いかと追っかけ聞いてみますと、説明できる人は稀でした。
名古屋大の故長沢 徹教授の表現を借りますと、「花の色香を忘れたかのような」となり、十勝で、白花を好んで花瓶に飾っていた画家で農民の坂本直行さんによりますと、「香りは上品とも言えないが、田舎娘の感じがある」となります。あなたはどうでしょう。