『華氏ってなあに』(このコーナーへのゲストのエッセイ。温度の話)
Dec,2001
『ジャガイモ博物館「エッセイ U」』
今アメリカでbest sellerのSidney SheldonのIf Tomorrow Comes(明日があるなら)では、飛行機の中の天気予報でContinued rain,the weather man said.Sixty-six degrees in New Orleans. By evening the rain will be turning to thunder showers.Be sure to carry your umbrellas.(雨はつづき、気温はニューオリンズで66度、夕方には雷雨に変わるでしょう、傘をお忘れなく)と言い、イギリスの作家Maugham(モーム)は The Vessel of Wrath(怒りの器)の中で、 Mr.Jones had a temperature of a hundred and four. His head was aching like mad.(ジョウンズ氏の熱は104度だった。頭ががんがん痛んでいた)と述べている。
一方、Tumultyの The Effective Clinician(邦訳:良き臨床医をめぎして)にはThe normal body temperature undergoes daily variation from 97.5F during the early morning hours of sleep to as high as 99.2 in late afternoon or early evning.(正常体温は早朝の97.50Fから夕方の99.2までの変化がある)と述べている。
気温66度、体温104度などと言われても、摂氏に慣れているわれわれには、ピンとこない。地球の大部分は海であり、われわれの体の90%以上は水なのだから、水を是準にし、0度で確り、100度で沸騰する摂氏が合理的と思うのだが、意外に普及していないのに驚く。天気予報も米国では華氏、英国では華氏と摂氏の二本立てである。カナダでは数年前、華氏をやめて摂氏にしたが、一体何が人々をして華氏から離れられなくしているのであろう。
Fahrenheit(1686−1736)はドイツの科学者であるが、岩波理科学辞典を見ると、彼は水の氷点を32度、沸点を212度と定めたと、全く味気無く記載している。こんな風にして決められた温度が摂氏(Celcius 1701−1744)より少し古いからといって、人々を捕らえて離さないものだろうか。そこには何か人間の本性に根ざした理由があるに違いない。
Fahrenheitの温度の決め方は、科学的というより人間の感性に訴えるものをもっている。彼は実験室で人間が作りうる最も低い温度を0度、子羊の体温を100度と定めた。当時、人間が作りうる最低の温度とは雪と塩を混ぜることで、摂氏では一17.8度である。
子羊とは神の子を意味し、聖書の中でヨハネはキリストを見てBehold the Lamb of God ,which taketh away the sin of world(見よ神の子羊を、世の中の罪を取り除く方だ)と述べている。
すなわちキリストの体温が100度ということである。
さらに氷点32度F、沸点212度Fとは、摂氏では100の間隔が華氏では180となり、丁度、半円の角度180度になり、温度の度と角度の度が一致することになる。
西洋人は一般に、2,3,4で割り切れる数に親しみを感ずるらしいl。その基本は12で、時間、ダース、1フィートは12インチ、1ポンドは12オンスなどとなり、キリストの12使徒、ミルトンの失楽園12巻ときりがない。
華氏には特にアメリカ人が固執しているようだ。CNNの天気予報は華氏だし、私の蘭のバイブルTaylor's Guide to Orchidsも夜間の温度を50度以下にするなと述べている。
華氏の良いところは、ヨーロッパでもアメリカでも、日本でもわれわれの生活する気温が0度Fから100度Fの中におさまることである。札幌でもこれを採用すれば、真冬でも0度以下にならず、真夏の一番暑い日は100度となる。
科学者でSF作家Shakespeareの研究家Asimov(アシモフ)は Guide to Science Fahrenheitの中で、Fahrenheitは人間の体温を100度としたが、その人は風邪をひいていたのであろう、少し高くなったと述べているが、子羊説の方が面白い。
緒方洪庵が箕作秋坪へ出した扶氏経験遺訓出版の交渉の手紙に、「例年に比すれば殊の外、凌ぎ能き事に御座候、未だ八十五度以上に昇り候事一日も無之」と述べている。わが国でも江戸時代は華氏を使っていたことがわかる。華とはFahの中国音訳という。
このコラムは、学生時代同じ寮の住人 舟木昭蔵(舟木胃腸クリニック)さんのゲスト・エッセイ。(『北海道医療』第971号より転載)
【浅間注:絶対温度とは熱力学の第二法則によって定められた温度目盛り。記号はK。273.16K=0℃。0度Kは理論的に考えられる最低の温度で、私たちはこれ以下のものをつり出せない。
蛇足で恐縮ですが、童話『一寸法師』の英訳は何か??
答えは『The Inch-High Samurai 』】
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