ポテトエッセイ第16話
シェークスピアの戯曲「ウインザーの陽気な女房たち」は、エリザベス女王の命をうけた作者が仕方なしに調子を下げて書いたものだと言われています。この第5幕5場で、フォルスタフという人物が、いかにも気があるような素振りの手紙を書いたフォード夫人に誘われ、柏の木の下に来て、
『黒い尻尾(シッポ)の雌鹿かい?(天を仰いで)ポテトの雨を降らせろ! 円舞曲に合わせて雷を鳴らせ、ハッカ*のあられを降らして、肉桂**の雪を舞わせろ! 興奮の大風で吹きまくれ! 俺はここへ隠れるから大丈夫だ』(三神 勳、西川正身 訳)と言って、茂みから現れた人妻を抱擁する場面があります。
(*キス用の菓子、**シナモン、通説ではエリンゴことSea holly=Eryngium maritimumと言う海岸に育つ灌木。媚薬として考えるとアーティチョークだろう、と言う人もいます。)
「ヘンリー4世」の中に出ていた同じフォルスタフという人物は、奇抜な考えを持っていて、いろいろな苦境を難なく克服していく能力がありました。
しかし、この「ウインザーの陽気な女房たち」の中に出てきた彼はパッとしません。商人の女房連中に手玉にとられたり、酒につかった生活に明け暮れしている肥満した老騎士でした。だが、一面ではユーモアに富み、警句を発し、愛きょうがありました。
フォルスタフの言う『ポテトの雨(レイン・ポテトウズ)』は、研究社刊の「英語歳時記」などでさえ、『ジャガイモの雨』と誤訳されていますが、正しくは『サツマイモの雨』なのです。当時ジャガイモはまだほとんど知られて得ず、16世紀の貴族たちは媚薬への関心が高く、17世紀にはサツマイモはスペインなどから入っていて、媚(び)薬で、食べると精力がつくと考えられるようになっていました。フランスでは、ナポレオンもこれを知っていたかどうかわかりませんが、妻のジョゼフィンがサツマイモを好むので、わざわざマルメイゾンやサン・クルマーで栽培させた後、官邸の宴会に出させていました。このため、上流階級の人達の間にサツマイモ料理が流行し、パリ周辺では一時生産過剰になったこともあったそうです。