ポテトエッセイ第31話
皮の剥けやすいいわゆる新ジャガはマッシュ・ポテトに向きません。未熟で固形分が低いこともありますが、このような新ジャガには細胞を結びつける湯に溶けずらいプロトペクチンが多く、細胞膜が弱いためとされています。
完熟イモ(北海道の8〜10月の新ジャガ)では、湯に溶け易い形のペクチン質に変わり、ホクホク(ポクポク)した良いマッシュ・ポテトができます。ジャガイモの細胞はペクチン質によってちょうど接着剤で張り合わせたようになっていて、加熱されるとペクチン質が溶けて、細胞が分離してしまいますが、温度が下がってくるとペクチン質が再び接着剤の働きをするようになり、細胞同志が離れ難くなるため、裏ごしが困難となってきます。その上強い力で裏ごししなければならないので、細胞膜が破れてしまい、細胞の中のでん粉が押し出されて粘りを増し、いっそうベタついてきます。このようにして作るいももちは糊状で腰の強いものになります。
マッシュの際の破壊された細胞の多少をみるには、つぶれたものを一定量水中に沈めて、その見かけの体積を測定すると判ります。新ジャガは貯蔵ものに比べ、この沈降体積が多く、またゆでた後の時間の経過につれて体積を増していきます。ペクチンの量は、乾物ジャガイモの中の三〜五パーセントで、リンゴに比べると少ない。不幸にも、畑で水をかぶったジャガイモでは、ペクチンが水中のイオンと結合して、不溶性になり、細胞内のでん粉が糊化し難くなります。このため、煮てもゴリゴリで、柔らかくなりません。
新ジャガの出てくる季節は、鹿児島ものなどで1月です。南の新ジャガは、梅がまだつぼみのときに、春を知らせ、新鮮な風味をとどけてくれます。新ジャガの良い点は、皮ごと食べれることにあります。最外側の周皮と呼ばれる部分は、タワシなどで簡単にむけるので、栄養分の多い外側を包丁で捨てないで済みます。ジャガイモだけでなく、野菜の皮やその近くには、栄養分が多く、中身の栄養をも守っています。だから、皮をつけたまま煮るのと、むいて煮るのとでは、栄養の損失の差が大きいのです。皮をむくと、ジャガイモの蛋白質の4分の1近くが捨てられてしまいます。皮を剥いたものでは、煮たときビタミンCの煮汁への溶出が多くなります。
北海道で新ジャガと呼ばれるものを見ると「男爵薯」より色白でやや偏平の「伯爵」(ワセシロ)が多く、6月下旬から7半ばにお目にかかれます。この時期の「ワセシロ」はフレンチフライなどの揚げ物にしたときコゲのもとになるブドウ糖が少ないので、業界ではポテトチップ原料として重宝されています。
新ジャガの人気は、どこでも概して高いようです。小説などでも、新ジャガを悪役に使っているのを見たことがありません。新ジャガの代表として、杉森久英著「天皇の料理番」から引用してみましょう。
「まあ、あんた、きれいな肌をしてるんだねえ。まるで、うでたての新ジャガみたいだよ。ちっいと触らせておくれ」などといいながら、平気で頬をつついたりする。篤蔵の肌がきれいで、新ジャガみたいだという誉め言葉は、・・(中略)・・何度きいても篤蔵は悪い気はしない。 年上のおかみさんの表現であるが、この説明は要らない。(秋山)篤蔵自身も、後になって料理研究家の多田鉄之助に向かって、(二の腕を突き出して) 「多田さん、見てみたまえ。いい色艶だろう。医者は、こんな健康な皮膚を見たことがないといったよ。僕はむかしは、血の色が皮膚を透けて見えるので、新ジャガというあだ名をつけられたもんだ。さあ、多田さん、・・・」と言ったそうです。