アイルランドのジャガイモ不作で生まれた言葉の語源「ボイコット」(boycott)


 ボイコット、サボタージュは労働組合運動の盛んなところの発祥かと思われる人が多いかもしれませんが、ボイコットboycottはジャガイモの国として知られるアイルランドで生まれた言葉。
19世紀半ばのアイルランド。主食ジャガイモの疫病(カビ)発生による腐敗・減収が原因で、ジャガイモに頼り切っていた同国の大飢饉は有名です。1845年830万人だった人口が1911年には314万人となったのです。この飢饉は、アメリカ35代大統領ケネディや40代レーガン大統領の曽祖父がアメリカへと渡るきっかけとなったことでも知られています。つまり、アイルランドのジャガイモ疫病と言うカビが世界の歴史を変えたことになります。1851年から1905年の間に約400万人がアイルランドを離れて、主にアメリカに新天地を求めて渡ったのです。英語でThe Famine(飢饉)と定冠詞をつけて頭を大文字で書くときはこの飢饉を言います。
 1880年頃にもジャガイモの不作があり、小作人との争議が頻発していました。1880年、アイルランドの領地支配人(土地管理者:代官)チャールズ・カニンガム・ボイコット大尉(Charles Boycott、1823年 - 1897年)も小作人らと年貢について争いになった。その際に周囲の村人(雑貨販売者、パブを含む)が総出で領地支配人との関わりを断ってしまった。それによって大尉は飢餓状態に追い込まれ、最終的に小作人らの要求を受け入れたことがありました。
これからボイコットの言葉がうまれた。つまり、自分達の考えや要求を実現させる目的で、組織的、集団的にある商品の不買運動を行ったり、団結して特定人物を排除したり、ある会合や運動などに参加しないことをさすようになりました。
 日本のボイコットの事例で有名なのは、1978年に読売ジャイアンツがドラフト会議をボイコットした江川事件があります。また、東北地方などでは1988年、佐治敬三サントリー社長(当時)による'東北人は熊襲(くまそ)だ'発言に抗議し、同社製品に対するボイコットが展開されたこともあり、2007年頃から、六ヶ所村核燃料再処理施設による放射能汚染の危険性と、受け入れた地元への抗議を訴えるため、坂本龍一らによるSTOP ROKKASHOが、青森県、岩手県の産品の不買運動を展開した例もあります。


* クリミア戦争で生まれた『ラグラン・スリーブ』へ行く Searchへ行く
* ニューヨークで生まれた『ポテトチップ』へ行く
* フランスで生まれた『スフレ』 へ行く

* イモの項目からの検索 Searchへ行く
スタート画面へ戻る