ジャガイモの出てくる 映 画  第17集

浅間和夫

171.『めぐり逢わせのお弁当』(原題: Dabba、英題:The Lunchbox)
 2013年、インド・フランス・ドイツ合作のドラマ映画。監督:リテーシュ・バトラ。
 インド西部の大都市ムンバイ(旧名ボンベイ)で、仕事ばかりで家庭を顧みない夫ラジーヴと幼い1人娘ヤシュヴィと暮らす若い主婦のイラ(ニムラト・カウル)は、心を込めて弁当を作り、インドで盛んなダッバーワーラーと呼ばれる弁当配達に託す。しかし、間違って早期退職間近の孤独な男サージャン(イルファーン・カーン)に届けられてしまう。
 昼休みに食堂で袋から出したサージャンだったが、金属の4段重ねのお弁当箱はいつもと違ってぴっかぴか。さらに、中に入っていた料理も手の込んだもの。いつもなら、アールー・ゴービーと呼ばれるカリフラワーとジャガイモのカレーなのに、野菜の炒め物風カレーにスパイスの効いたダール(豆のスープ)、そしてライスとチャパーティー(薄焼きパン)であった。
 これをきっかけにイラとサージャンは弁当を通じて文通をするようになると、次第にイラは夫や家族の悩みをサージャンに打ち明けるようになる。また妻を亡くして孤独に暮らしていたサージャンは、イラの美味しい弁当と正直な気持ちを綴った手紙に、頑なだった気持ちをほぐして行く。
 文通を重ねるうちに二人は互いに惹かれ合って行き、カフェで会うことになる。イラへの想いを恋と自覚し、心を浮き立たせていたサージャンだったが、自らの老いに気付き、若いイラと会うべきではないとの手紙をイラに送る。イラは傷つくものの、娘を連れてサージャンの職場に行ってみる。そこで、彼が退職し、故郷に引っ越したことを知らされる。イラは届くかどうかも分からないサージャンへの手紙の中で、夫と別れて自立し、かつて手紙に綴った幸せの国ブータンに娘を連れて移り住むことを伝える。一方、サージャンはムンバイに戻り、イラを探そうとする。イラとサージャンが会えるかどうかを示さないまま物語は終了する。
 映画の街の風景もいいが、ドアが開いたままで走り人が落ちそうな通勤電車とか、その中で帰宅してすぐ調理にかかれるよう、ニンジンやアルー(ジャガイモ)を切っている生活力ある人も見られた。
<2018.12.16>

172.『おかしなガムボール』(原題:The Amazing World of Gumball)
 2011年、アメリカとイギリスの合作 原作: Ben Bocquelet、監督:ミック・グレイヴス。  アニメーション作品。実写の風景を背景に使用し、2D、3DCGなどを加え、多彩なキャラクターを表現するという手法を取っている。加えて、壁や惑星が喋るという描写から森羅万象のイメージまで表現しているので、視覚的にも面白い奇想天外なナンセンス・コメデイとなっている。
 舞台はとある郊外の町「エルモア」。そこに住むワタソン家には不思議な住人がいる。主人公となるガムボール・ワタソンは12歳の雄で猫なのに青い。楽観的だが、間抜けでそそっかしい。パソコンのキーボードの上にいると落ち着く。好奇心旺盛で、興味のあることはすぐやってみるが、大抵は上手くいかず周囲に何らかの被害を及ぼす。母は同じく猫だが、父と妹は兎、そして親友は進化した金魚だった。これはそんなワタソン家と不思議な住人たちによる日常を描いたアニメ。
 ガムボールの親友で、今では一家の一員として生活しているダーウィンもいた。好物はジャガイモでナイーブな性格。スケートボードに乗ってみたくなり「自分はスケーターだ」と言い張るガムボールに教わることに。しかしガムボールはウェアやボードの買い物に時間をかけ、なかなか滑り方を教えてく れない。
 ダーウィンの友達にはアイダホ君がいる。そしてガムボールから「ジャガイモを食べることでアイダホを傷つけている」と指摘され、ダーウィンは堪らなく好きなジャガイモ離れを泣くなく決心をする。
アイダホの方は、ダーウィンがジャガイモを食べることよりもガムボールが「いもだち」と呼ぶことが不快だったようだが:・・・。
蛇足ひとこと。ダーウインが言うガムボールの最高の寝相は7階のビルから落ちた人みたいだとか。 <2018.12.16>

173.『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』 (原題:KNOCKIN' ON HEAVEN'S DOOR)
1997年、ドイツ映画。監督=トーマス・ヤーン。アクションン/コメディ。  本国ドイツで若者を中心に大ヒットのアクションン/コメディ。ムービー。 これまで<芸術>として語られてきたドイツ映画のイメージを破り、<娯楽>としてのドイツ映画パワーを見せつけた作品。ここでは、映画撮影の裏話に興味があって、取り上げることとした。
 余命わずかと宣告され、たまたま末期病棟の同室に入院させられた、マーチン(ティル・シュヴァイガー)とルディ(ヤン・ヨーゼフ・リーファース)の二人。「天国じゃ、みんなが海の話をするんだぜ」と、死ぬ前に海を見るために病棟を抜け出し、ベンツを盗んで最後の冒険へと出発した。その車がギャングのもので、中に大金が積まれていたことからギャング、警察の両方から追われるはめに…。
 残り少ない命の彼らに怖いものなどない。道中<男の友情>で結ばれて、ガソリンスタンドや銀行で金を強奪し、銃撃シーン、カー・アクションなどをスタイリッシュに描がいて行く。しかし、ひとりの死人も出すことなく、見る者のハートを温めてくれる優しさとユーモアセンスが映画全体にちりばめられている。
 監督トーマス・ヤーンは当時、タクシーの運転手をしながら、自主映画を撮る映画おたくだったが、製作・脚本担当ののティル・シュヴァイガーとの出会いで誕生に漕ぎつけることができた。また、美術・衣装・装置を担当したデザイナー、モニカ・バウアートにも助けられた。
 さらに、映画及びその周辺情報に詳しいWERDE OFFICEによると、
 モニカはまず非現実的でシュールな雰囲気を作り出すため銀行、丸椅子、ガソリンスタンドといった日常的な事物をファンタジックに作り込むことにこだわった。また、ロード・ムービーとして重要な役割を果たす真っ青なメルセデス・クーペと、ピンクのキャデラックを揃えた。そして最大の見せ場であるトウモロコシ畑のカーチェイスシーンを苦心の末、作り上げた。<以下もモニカの話として紹介>
「3月半ば、適当なトウモロコシ畑を選定するのはとても難しかった。やっと、これという場所を見つたら、お役所と悶着が起きたり、お百姓さんたちから、もうジャガイモやカブや小麦を植え付けてしまったからトウモロコシ畑に使うなら損害保障金をよこせとね。でも一人が、植え付け済みのジャガイモ畑を鋤き返して、トウモロコシを植えてくれたの。そのお陰で撮影までには立派に成長し、カーチェイスの撮影が終わってから、穫って食べちゃった。自分のセットを食べちゃうって、面白いでしょ」。
 こんな努力の下に、撮影は真夏に行われたが、天国への海はオランダの北海沿岸を使って夢のように美しく仕上がっている。<2018.12.17>

174.『マルコムX』 (原題:Malcolm X)
 マルコムXとは、マーティン・ルーサー・キングと並ぶ黒人解放運動の指導者である。彼の生涯にスポットを当てた伝記的作品。
 第一セッションの舞台はボストンから始まる。彼の父は黒人解放を唱える牧師であったが、殺害され、残された母は精神を病み、9人の子供は里子に出される。
 その後マルコム(デンゼル・ワシントン)は、ニューヨーク市マンハッタン区のハーレム地区で荒さんだ生活を送っていた。白人のように縮れ毛を薬品でまっすぐに伸ばし(後述の註)、白人のような服装に身を包みハーレムで悪事を覚えていた。その後ボストンに戻り泥棒家業に精を出し、親友ショーティ(演じるのは監督スパイク・リー)と二人で若い白人女を抱き、空き巣稼業に精を出したが、逮捕され獄中生活を送る。
 第二のセクションは、獄中で相も変わらず薬品を使って縮れ毛をまっすぐにしてるマルコムXが同じ受刑者のベインズからネーション・オブ・イスラムの存在を知らされ、そして黒人解放運動家として目覚めるまでが描かれている。第三のセクションでは刑期を勤め上げ、出獄してネーション・オブ・イスラムのリーダーであるイライジャ・ムハンマドに出会い、彼が複数の女性秘書に子供を産ませてから決別をする様子を描き、その後初めてメッカを訪れ、それまでの『黒人はアフリカに帰れ』という主張から一転して宥和政策に乗り出し、1965年2月21日ニューヨークのハーレムのメッカで暗殺され、映画は終了する。ハーレムの道に彼の名前が残っている。
註。1920〜1960年代に流行した黒人男性のストレートパーマにコンクがある。 マルコムX(1925〜1965年)がまだ Malcolm Little のころは、コンクヘアだった。この映画にもコンクするシーンが出てくる。それには、苛性アルカリ溶液・卵・ジャガイモを混ぜた液を髪に塗るものであり、非常な刺激痛があるそうだ。
 ジャガイモ絡みで言うと、ハーレムではいまアフリカ料理が人気であり、例えば、フフがある。フフはジャガイモ・デンプン(片栗粉)と水を混ぜて20分ほど煮込んで作る、アフリカの伝統的な主食。西アフリカで主に食べられ、ヤムイモなどからも作られる。好みのスープと一緒に食べる。 <2018.12.18>

175.『北の桜守』
 2018年、邦画。監督:滝田洋二郎。
 終戦から始まる激動の時代を生き抜いた一人の女性とその息子の姿を描いた大河叙事詩。
 太平洋戦争末期の1945年5月。南樺太(現サハリン)に暮らす江蓮てつ(吉永小百合)は、大切に育てていた庭の桜が花開き、それを夫と息子たちと喜ぶ。しかし、夏に至り日本の敗戦が濃厚と見たソ連軍が日ソ不可侵条約を破って侵攻してきたことから、てつは、現地に残る夫との再会を約束し、息子を連れて逃げる。終戦となり、樺太からの引き揚げ船「小笠原丸」で北海道に向かう。歴史に照らしてみると、稚内で下船しなかった引揚者約600人の合計約700人を乗せ小樽港へ向けて出航した。しかし、増毛沖で、何故か発射されたソ連潜水艦の魚雷を受けて船は沈没し、母子は海上に散り散りとなり、兄は62名の生存者の中にはいなかった。
 北海道では、女一人で息子と暮らすことになる。ある日、親子は畑を歩いていた。空腹の息子が畑にあるジャガイモを盗むと、「泥棒はしてはいけない」と叱り飛ばし、でも、「道端に落ちているのを拾うのはいいのよ」と言いながら、土のついたジャガイモを親子で噛じるシーンがあった。その後、ここで二人で飢え死にするよりは、息子修二郎(堺雅人)だけでも東京へ出て働き食べて行けるようにと家から追い出す。
 ところが、アメリカへ渡った修二郎がハンバーグの会社で認められ、米国企業の日本社長として帰国する。しかし、岸部一徳さん扮する網走の世話役が訪ねて来て、てつの様子が変だと言う。彼女を引き取り、一緒に暮らし始める。修次郎は、日本でオープンしたホットドッグストア「ミネソタ24」でおにぎりも扱うなどコンビニのような経営で多忙な中、てつの桜の木に話しかけるなどおかしな言動が増えたことを知る。共に過ごした記憶を拾い集めるように、親子でノシャップ岬、抜海(ばっかい)駅など北海道の各地を巡る旅に出る。ラストシーンには、猛吹雪の中をひとり立ち去っていくかのようなてつの姿が見られる。 <2018.12.19>

176.『パリ大混戦』 (原題LLe Grand Restaurant)
1968年、フランス。監督:ジャック・ベルナール。
 直訳すると、「大レストラン」であるが、出てくるレストランと同名の店はミシュランにも載っている。パリのシャンゼリゼにほど近い高級レストラン「セプチィム」は上流社会の名士を常連客としている。そのレストランの支配人セプティムをフランス喜劇界の頂点であるルイ・ド・フュネスが演じている。ジャガイモのスフレの作り方を訊かれ説明するシーンがあり、また、ドイツ人が料理を褒めてレシピを聞くと、ジャガイモ2個、タマネキ3個と仏独混じりの言葉で説明して行くが、そのうちド・フュネスの顔に影がかかり、髭が見え、髪が七三分けでヒットラーそっくりとなり、ドイツ人は腰を抜かす。
 ある日、パリ訪問中の南米某国のノバレス大統領が来店することになり、支配人は、従業員相手に特訓をほどこした。その夜大統領は美人秘書と護衛だけを連れてやってきた。食事も終りに近づきデザートが運ばれた時、一大椿事が起った。セプティムが自慢のデザートにリキュールを注ぎ、火をつけたとたん大爆発が起り、その騒ぎにまぎれて大統領の姿が消えた。これで、ドタバタ喜劇ではなくなる。
 この失踪事件は翌日、新聞に大きく報道される。直ちにセプティムは刑事局長(B・ブリエ)に呼ばれて事件解決への協力を要請され、さらにこの事件にはノバレスに反対してパリに潜入しているテロリストが絡んでいるらしいということも知らされる。
 一方隠れ家のテロリストたちは、自分たちに濡れ衣を着せられる恐れがあると、この事件の鍵はセプティムだと目星をつけて追跡を決める。こうしてセプティム、テロリストたち、刑事局長側の三ツ巴の追っかけが始まる。
 雪のアルプスからニースへ、セプティムは店の名誉挽回のため、命をかけて追いまわし、逃げまわった。ところがなんと、ノバレス大統領は、煩しい政務から解放されて自由を楽しみたいために自ら失踪していたのであった。フランスでしばしのバカンスを楽しんだノバレス大統領は、パリに戻って「セプティム」で、大臣や刑事局長やソフィアらに囲まれて晩餐会を開いた。食事の終りに、またしてもセプティム得意のデザートが運ばれるや一同は思わず顔を見合せるのだった・・・。

【以下当HPから転写】
http://potato-museum.jrt.gr.jp/e050.html ポテトエッセイ50.スフレ
 フレンチフライに似て、2度揚げするのに、ポンム・ド・テール・スフレがあります。フランスのレストランでロ−ストチキンに添えられて出てくることが多いものです。幅1.5cm、長さ4cmほど、厚さ3mmとし、2回揚げしないとできません。1回めは弱火で外を固め、2回めは強火とし膨らませるためです。この時、厚さを一定に切るのがコツです。
 このスフレも、ポテトチップ同様に、偶然に誕生したものです。
 1837年にパリーとサン・ジェルマン間の鉄道開通祝賀会に牛肉に添えてフレンチフライを出す予定でいたのが、到着時刻が遅れたのです。祝賀の時間に間に合うようジャガイモを油に入れましたが、あいにく列車が遅れるとの連絡をうけたコック長は処理に困りました。とりあえずジャガイモをすくい上げて待つことにしたのです。
 そして七月革命の後『市民の王』と言われていたルイ・フイリップとその王妃マリア・アメリアが、オ−ケストラの演奏とともに祝賀会場に姿を現したのを見てから、再びジャガイモを油の中に入れました。
 ところがシェフの心配をよそに、2度揚げされたジャガイモは、内部が中空になり、黄金色にふっくらと膨らみ、見た目もおいしそうにでき上がりました。
 王は、この柔らかいがカリカリと歯ごたえのある、凝った料理のお替わりを所望し、満座の人びとも、偶然の所産とも知らずに、初めてのスフレに賛辞を惜しみませんでした。
 この開通式は8月26日でしたが、この時期のジャガイモは、糖分が少なく、この2度揚げという芸当が成功しやすかったのでしょう。なお、このスフレとは、膨らますことを言いますが、マッシュした卵の白身、生クリ−ムを泡たてして膨らました前菜やお菓子をさすこともあります。 <2018.12.21>

177.『女と将軍』 (原題:LA RAGAZZA E IL GENERALE。英題:THE GIRL AND THE GENERAL)
1967年、イタリア。監督:パスカーレ・フエスタ・カンパニーレ。  イタリアとオーストリアの国境地帯。逃げ遅れたイタリア兵タラスコーニ(U・オルシーニ)はオーストリア軍の陣内で将軍(ロッド・スタイガー)を偶然捕まえた。
 将校は、ここはオーストリアの陣内だから釈放したほうが身のためだと言うが、イタリア兵は敵の将軍を捕えれば1,000リラの賞金、1ヵ月の休暇、金の勲章をもらうことを考える。かくて、イタリア軍の陣地に向って二人の奇妙な旅が始まる。途中土地の娘アダ(V・リージ)と知りあい、賞金山わけの約束で、より奇妙な三人の旅が続けられることになる。
途中で、アダはイタリア兵をだまし賞金の一人占めを狙らい、首尾よく行ったかに見えたが、すぐタラスコーニが追ってきて、元のもくあみとなってしまい、再び三人の旅と収まる。
そうこうするうちに、アダとタラスコーニはしだいに愛しあうようになり、将来の計画などを話しながら旅を続ける。困難な時、特に食糧が不足の時などは、アダのグラマラス・ボディを活かすことにした。つまり、百姓たちは、彼女の裸に見とれてジャガイモなどをくれるのである。
 イタリア軍陣地が目の前に見えた頃、地雷原にぶつかった。そしてタラスコーニは吹きとばされアダも足をいためて動けなくなってしまった。
 助けを求めに行こうとする将軍に、アダは、そばにいてほしいと言ったものの、間もなく息をひきとってしまう。そこへイタリア兵がやってきた。将軍は、自分は、死んでいるこの二人の捕虜であったのだ、と語ったが、イタリア兵には信じられなかった。彼らは、二つの死体を運び、将軍をつれて自分たちの陣地へと、戻って行った。かくて、三人の皮肉な道中記コメディはThe End。 <2018.12.22>

178.『ギャング・オブ・ニューヨーク』 (原 題: Gangs of New York)
2002年、アメリカ。監督:マーティン・スコセッシ。
 アイルランドの1845年から始ったジャガイモ疫病の大発生による『大飢饉』により多くの人々が故郷を離れ、アメリカのニューヨークやフィラデルフィア、ボストンなどに移住した。これに関連した映画は、「静かなる男」(本シリーズ8)「遥かなる大地へ」「アンジェラの灰」「バックドラフト」「マイケルコリンズ」「タイタニック」と枚挙にいとまがないほどある。ここでは、ジャガイモ自体の映像は見えないが、アメリカン・ドリームを夢みたアイルランド人々の定住時の一面を監督が30年の構想と150億円をかけてローマで制作した本映画をとりあげることにした。
 19世紀半ばのニューヨークでは、アイルランド人の移民達が毎日のように舩から降り立っていた。しかし、貧しい彼らが住むことが出来たのは安アパートや売春宿の密集する混沌の町ファイブ・ポインツであり、そこは"ネイティブ・アメリカンズ"と名乗るアメリカ生まれの住人達の街であった。これに抗して生きるためアイルランド移民達は徒党を組み、"デッド・ラビッツ"という組織を作り上げた。
 1864年、両組織の抗争は熾烈を極め、ついにファイブ・ポインツの利権を賭けて最後の戦いが始まる。壮絶な戦いの末、"ネイティブ・アメリカンズ"のリーダー、肉屋のビル・ザ・ブッチャーにより、"デッド・ラビッツ"のリーダーのヴァロン神父(リーアム・ニーソン)が殺され、神父の息子アムステルダム(レオナルド・ディカプリオ)も捉えられ、少年院に投獄されてしまう。
 それから16年の月日が経過し、アムステルダムは"ネイティブ・アメリカンズ"が牛耳る腐敗した町となっていたファイブ・ポインツへ帰ってくる。そして街のボスとして君臨するビルの組織に素性を隠して入り込む。やがて持ち前の才能と度胸でめきめきと頭角を現し、"ネイティブ・アメリカンズ"のリーダー、ビルにも一目置かれる存在へとなっていった。
そんな中、アムステルダムは女スリ師のジェニー(キャメロン・ディアス)と運命的な出会いを果たす。互いに惹かれ合い始める二人であったが、ビルにアムステルダムの素性が知られてしまい、裏切り者の汚名を着せられ、私刑にあい、"ネイティブ・アメリカンズ"を追放させられてしまう。
 そこで、アムステルダムは、ジェニーの制止を振り切って、新生"デッド・ラビッツ"を結成し、ファイブ・ポインツを賭けた最後の戦いに挑む。日本では幕末のころだが、アメリカは南北戦争(1860〜65)の真っ最中。映画のクライマックスでは大規模なニューヨーク徴兵暴動が勃発。暴動が起こり、公的機関や金持ちの家、商店などが襲撃される。黒人はリンチに遭い、通行人は暴徒の略奪に遭う。その地獄絵図の中、アムステルダムはビルと一対一の対決に臨む・・・。 <2018.12.23>

179.『イントゥ・ザ・ワイルド』 (原 題:Into the Wild)
 2007年、アメリカ映画。監督:ショーン・ペン。  原作はジャーナリスト、作家、登山家であるジョン・クラカワー(英語版)による、1992年に青年が放浪の末にアラスカで死体で発見された事件を描いた1996年のノンフィクション作品『荒野へ』である。
 裕福な家庭に生まれ、物質的に恵まれた環境で育ったクリス・マッキャンドレス(エミール・ハーシュ)は、エモリー大学を優秀な成績で卒業する。両親はハーバードのロースクールに進学することを望んでいたが、幼い頃から不和を見せつけられ、金で物ばかりを与えようとする両親に嫌気が差していたクリスは、学資預金を全額寄付し、世界の真理を求めアラスカへと旅に出る。
両親(ウィリアム・ハート、マルシア・ゲイ・ハーデン)は クリスの計略にはまって、何カ月もクリスがいないのに気がつかなかった。
 身分証を切捨てたクリスは自らをアレグザンダー・スーパートランプと名乗り、様々な人と出会いながら旅をする。ヒッチハイクでヒッピーの夫婦と出会い、穀物倉庫で働き、川を許可書なしにボートで下ってメキシコに行く。 働くのは金に執着があるからではなく、日々の食べ物とアラスカで暮らす物資を買うためだ。
 再びアメリカに戻り、ヒッピー夫婦と再会、歌を歌う少女とも交流する。その後、クリスが荒野でキャンプしていると、ロン・フランツという老人と出会う。ロンは身寄りがなく、革を彫る仕事をして一人で暮らしている。クリスはロンの仕事を手伝い、共に時間を過ごす。アラスカに行くというクリスに、ロンは自分の養子にならないかと言う。クリスはアラスカから帰ってきたら話をすると言う。
 アラスカに分け入ったクリスは、丘の上に放置されたバスを発見する。無人であったが、人が住めるように改造してあったので、そこを拠点とする。日記を記し、ジャック・ロンドンやトルストイ、『ドクトル・ジバゴ』を読みながら生活を送るが、徐々に食料は減っていき、ヘラジカを撃つも、食べる前に虫が湧いてしまう。
 ついに限界が来て、クリスはアラスカを出て街に戻ろうとするが、雪解け氷で濁流となり、帰ることができず閉じ込められてしまう。アラスカにやってきて100日以上が過ぎ、植物図鑑を頼りに、山野草で飢えを凌ぐことになる。そして"wild potato"(野生イモ、註)を食べて、その毒に苦しむことが起きる。 。衰弱しきったクリスは「幸福が現実となるのはそれを誰かと分かち合った時だ」と本に書き込み、涙を流しながらバスの中で息絶えてしまう。
註。日本語訳で"野生ジャガイモ"と書かれているのを見かけるが、アラスカにはジャガイモの近縁野生種は生えていない。現地でwild potatoと呼んでいるのは牧野富太郎の言う馬鈴薯に近いマメ科イワオウギ属のHedysarum alpinum であり、羽状複葉、花は赤紫色の植物。単にpotatoと書けばsweet potatoとIrish potato(ジャガイモ)の二つが含まれる。 <2018.12.24>

180.『私のオオカミ少年』 (英題:A WEREWOLF BOY)
2012年、韓国。監督:チョ・ソンヒ。
 韓国発のラブストーリーであり、本国で700万人超動員のヒットを記録した。監督は韓国映画界の新世代気鋭として注目されている人。主役の少年を演ずるのは、テレビドラマ「トキメキ☆成均館(ソンギュンガン)スキャンダル」で、日本でもブレイクを果たしたソン・ジュンギ。少女との触れ合いを通して、言葉を話し、文字を書き、愛することを覚えるオオカミ少年を熱演する。
 ソウルの田舎に、肺を患っている長女スニ(パク・ボヨン)の病気療養も兼ねて一家が引っ越してきた。そこは御近所さんはたった一軒という寒村で、しかも、かつてオオカミを使った謎の実験が行われていたというワケありの屋敷であった。校正の仕事で生計を立てる母親と、小学生の妹の三人暮らし。
 自分の体に絶望していて毎晩泣き暮らしているスニは、ある日、物陰から身を隠すようにして自分を見つめる謎めいた少年(ソン・ジュンギ)を発見した。彼はスニ家族が近所の人からもらった茹でたジャガイモを手づかみで貪るように食べた。スニとその家族は、言葉を理解することができず、まるでオオカミのように振る舞う少年にチョルスと名付け、居候させることにする。スニは、茹でたジャガイモを片手にして調教を始める。食事の仕方から始まり、洋服の着方、文字の読み書きと、生活に必要なことを教えていくうちに、閉ざぎがちだった心が開いていく。一方のチョルスは、誰かを愛するという生まれて初めての感情に戸惑う。
 ところが、スニに想いを寄せる大家の息子ジテ(コ・ヨンソク)は、チョルスを妬み、殺す機会を狙っている。そんなことは露知らず、絵本を使った文字の勉強後、気分転換に二人は外へ出て、牧草地を走る。途中スニの具合が悪くなり、チョルスは背負って走るものの迷ってしまう。チョルスは、スニを誘拐したと誤解され、家の納屋に監禁されてしまう。
 ある晩、ジテはガールフレンドと夜遅く酔っ払い、車でヤギ農場の柵を破壊してしまう。それをチョルスになすりつけようとするが、嘘の証言がばれたジテは逆上して、ヤギ農場主のチョンを殺してしまう。スニに対しても暴言を繰り返し、足蹴りをする。そのスニを守るためにチョルスはジテを噛み殺してしまう。このままでは、チョルスが村人によって殺される恐れがある。チョルスはスニを抱え、森に逃げ込む。スニはチョルスが化け物であってもただ一緒にいられればいい、と願う。
 しかし、チョルスを殺そうと警察や村人が迫っていた。スニはチョルスを助けるために別れることを決め、森を去る。数か月後、家族と共に引っ越すこととなり、スニは納屋にチョルス宛ての手紙を残す。
 それから47年後。スニ(イ・ヨンラン)名義の家を売るか否かの決断を迫られ、一晩、この家で過ごすことになり、雪が降る中、納屋に明かりが灯っていることに気づく。その扉を開けるとなんと懐かしいチョルスの笑顔があったのだ。スニをずっと待っていたのだ。なんと、夢のような、感動!! <2018.12.25>


http://potato-museum.jrt.gr.jp/cinema17.html ジャガイモ博物館。ジャガイモと映画 17

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