ジャガイモの出てくる 映 画  第16集

浅間和夫

161.『ジェーン・エア』(原題: Jane Eyre)
 1943年、アメリカ映画。監督:ロバート・スティーヴンソン。
 1847年に刊行のシャーロット・ブロンテの小説を映画化した作品。これまで に1943年(本作)、1970年、1996年、2011年と何度も映画化されている。
 成人したジェーン・エア(ジョーン・フォンテイン)自身の語りで物語は進行 する。両親を亡くしたじェーンは親戚のリード夫人のもとで愛情少なく育てら れる。10歳になったジェーンは、慈善学校であるローウッド学園に送られる。 そこの学校給食のシーンは、原作に「昼食は二つの大きな錫張りの器に盛られ て厭な強烈な脂の匂いが湯気だっていた。この食物は質の悪いジャガイモと古 くさい肉の異様な薄切れとをごちゃ混ぜに煮たものであった。」と表現されて いるものに近いものであった。
 ジェーンは反抗的だと問題児扱いされたが、優しいヘレン(エリザベス・テ イラー)という友人ができる。村の医師は、ヘレンの咳を心配したが、冷酷で 生徒の健康を気にしない校長のもと、ヘレンは結核で亡くなる。(エリザベス はクレジツトの表記にもないほど出演時間が短いものの、後年の大女優を予想 させる雰囲気を匂わせている、写真は栴檀の双葉を印象する彼女)
 10年後にジェーンは学園を出て、家庭教師として生きる道を選んだ。ソーン フィールドと呼ばれる館に雇われたジェーンは、アデール(マーガレット・オ ブライン)という少女を任された。アデールは当主のロチェスター(オーソン・ アェルズ)がフランスの踊り子から、彼の落とし子だと押し付けられた娘だっ た。
 高慢な皮肉屋ロチェスターは媚びない性格のジェーンに好意を持ったが、美 しいブランシュ嬢との交際を続けていた。ロチェスターがブランシュ嬢と結婚 すると思ったジェーンは、ソーンフィールド邸を出る決心をする。ロチェスタ ーは金目当てのブランシュ嬢と客たちを追い返し、ジェーンに求婚する。しか し、結婚式に弁護士ブリッグズとともに現れたメイソンが異議を唱え、式は中 止された。ロチェスターは過去に若気の至りで、メイソンの妹バーサと結婚し ていたのだ。精神に異常をきたしたバーサが今もソーンフィールド邸に幽閉さ れていることを知ったジェーンは、法や道徳に従い、愛するロチェスターに別 れを告げ、館を後にした。
 行き場のないジェーンは、乳母のベッシーに会いたい一心でリード家に戻 り、リード夫人の最期を看取った。破産状態のリード家の公売を終え、ローウ ッド学園に勤めることを覚悟するジェーン。しかし、幻聴でロチェスターの声 を聞いたジェーンは、胸騒ぎを覚えてソーンフィールド邸に戻った。館がバー サの放火で焼け落ち、バーサも亡くなったことを知ったジェーンは、失明した ロチェスターと共に生きることを誓うのだった。

162.『顔たち、ところどころ』(原題: Visages Villages)
2017年、フランス。監督・出演:アニエス・ヴァルダ、JR
 ヌーヴェル・ヴァーグの立役者の一人で、映画監督でもあるアニエス・ヴァルダ(作中で87歳)と、写真家でアーティストのJR(作中で33歳、写真)は、ある日一緒に映画を作ることにした。
 巨大ポスターが出力できるスタジオ付きのフォト・トラックに乗り、フランスの村々をめぐり始める。炭鉱労働者の村に一人で住む女性、ヤギの角を切らずに飼育することを信条とする養牧者、工業地帯労働者、港湾労働者の妻たち、廃墟の村の墓、思い出の海岸に立ち寄ったり、JRの100歳になる実の祖母に会いに行ったり、J.L.ゴダールが映画『はなればなれに』で作ったルーブル美術館の最短見学記録を塗り替えたり・・・。
 これらの撮影には人々の生き様、土地の記憶、向かうべき未来さえも刻印されているようだ。こうして底知れぬ創造性に満ちたドキュメンタリーへと進化してき、ゾクゾクするほどのダイナミズムを感じてくる。アニエスもつぶやきます。「JRは願いを叶えてくれた。人と出会い顔を撮ることだ。これなら皆を忘れない」と。好奇心旺盛な少女のような眼差しとは裏腹に、徐々に視力が弱くなっていくヴァルダ監督と、どんなときもサングラスをはずそうとしないJRが、時に一緒に歌い、からかい合い、険悪になったりしながら続ける旅は、互いを尊敬する心とやさしさに満ちあふれているものだった。
 ヴァルダ監督は、『5時から7時までのクレオ』(1962年)や『幸福』(1965年)などで、女性の生き方をテーマにしたフィクションを手掛けてきた。その一方で、当ジャガイモ博物館の『ジャガイモと映画』No.24で取り上げた『落穂拾い』(2000年)や『アニエスの浜辺』(2008年)など、優れたドキュメンタリー作家としても非常に高い評価を受けている。本映画『顔たち、ところどころ』の中にも『落穂拾い』の象徴ともいえるハート型のジャガイモがチラリと登場するので御覧あれ。<2018.12.7>

163.『ペンギン夫婦の作りかた』(台湾の題 名:企鵝夫婦)
2012年、邦画。監督:平林克理
 辺銀愛理の自伝本「ペンギン夫婦がつくった石垣島ラー油のはなし」を原案に、国際結婚カップルの帰化申請にまつわる一連の話や、ラー油の誕生秘話を描くもの。
フリーライターの歩美(『接吻』の小池栄子)は、中国で出会ったカメラマン(台湾の人気俳優ワン・チュアンイー)と結婚するが、夫の会社がつぶれ失業してしまう。気晴らしに石垣島を訪れた二人は、美しい自然と温かな人情、そしておいしい食材に魅了され、移住を決意。
人脈も職のアテもない中、二人は共通の趣味である食を生かし、地元の食材を用いた新しいラー油を作ろうとするが…。

この映画には、韓国料理のチヂミが出てきてジャガイモも使われていた>。いろんな料理が出てくるため、台湾でも日本でも「観終わったら、おなかがすいた!」と胃袋も刺激される観客がたくさん出たという。
 爆発的なブームを呼んだ「食べるラー油」の元祖とされる「石垣島ラー油」を生み出したのは、ペンギン食堂の辺銀 暁峰(ぺんぎん ぎょうほう)・愛理夫婦。"島唐辛子をはじめ石垣島産の食材を使った「石垣島ラー油」を開発、全国の「食べるラー油」ブームの先がけとなった。島内ではごく普通の食材に国内から注目を集め価値向上に貢献した"として、映画作成前の2010(平成22)年に1回農林水産省「料理マスターズ」ブロンズ賞を受賞している。同年カルビーも、”PARIPARI VARIATION”(パリパリバリエーション)シリーズの新商品として『ポテトチップス 石垣島ラー油味』を発売している。<2018.12.9>
164.『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』(原題:Leningrad Cowboys Go America)
 1989年、フィンランド・スウェーデン合作 監督:アキ・カウリスマキ。
 メンバー全員が長く鋭いリーゼントにサングラスという奇抜なファションのロックンロールバンド、レニングラード・カウボーイズ。彼らを主演に迎え、フィンランドの鬼才アキ・カウリスマキ監督が放つ、シュールな笑い満載の傑作ロードムービー。監督も中古車のディーラーとして出演もしている。  最果ての地ツンドラからアメリカ大陸へとくる。ロシアのポルカなどから始めた民族音楽バンド。一旗揚げようと渡米。しかし彼らの音楽は全く受ず、ライブ会場はいつもガラガラ。
旅の途中から迷マネージャーの提案で、彼らはロックンロールバンドへと大変身。田舎町の一宿一飯の演奏で食いつなぎながら、とぼけた物語展開が魅力のコメディ映画である。メキシコへと至る珍道中をアナーキーな笑いで綴る。
「レニングラード・カウボーイズ」として出演したバンドは「スリーピー・スリーパーズ」(Sleepy Sleepers)という名前で活動していた実在のバンドであったが、バンドは「レニングラード・カウボーイズ」として活動を続けることになった。
その歌に中に、こんなフレーズもあった。
「生まれてこの方、農夫だった、第49集団農場のなさ
 そこは黒土だったが、ジャガイモとワインが収穫できた
 トラクターの運転が俺の幸せだった、20年間ずうっとね
 そう、人民委員と一緒に女房が姿をくらますまで
   俺たちレニングラード・カウボーイズー
 地温の低い土地では、有機物の分解が遅れ、泥炭や黒い土になりやすい。そそこでジャガイモを栽培し、洗わないと見た目は黒く見える。果たして味のほうはどうだったのか。<2018.12.10>
165.『クリクリのいた夏』(原題:LES ENFANS DU MARAIS、英題:THE CHILDREN OF THE MARSHLAND)
 1930年代当時のフランス、今ではもう埋め立てられてしまった沼地の住民たちがふりそそぐ陽光を受け、美しい緑のそばで生活している。素朴でのどかな日々、時間はゆったりと過ぎ、人と人のふれあいは限りなく温かい。そんな生活がすばらしいカメラワークで映しだされる。
 スズランをブーケにしたり、カエルやカタツムリをとって町で売ったり、貧しいながらも助け合い、誇りをもって、自給自足の生活を送っていた。タイトルの少女クリクリもそこで明るく元気に育った。ラブ・サスペンスやアクション&パニックも無いのにフランスで200万人を動員した大ヒット作となった要因は郷愁、心の癒し、スローライフな生活、一歩進めて人間にとって本当に大切なものを描いていたからであろう。
例えば、こんなひとコマもあった。
沼地の住人ガリスとリトンが鈴蘭を採取していると、がリスの手の上にテントウ虫が乗り、殻を開け飛び去ります。そこへ偶然馬車が通りかかります。
「乗ってくかい?」 「ありがとう、助かるよ」
「鈴蘭を採りに行ったのかい?」
「ああそう、明日街の市場で売るんだ」
「生活が苦しいというくせに連中は花を買うんだよ、
 俺のジャガイモなんて、腹を空かせているくせにちっとも売れない」
ジャガイモには夢がないからな」
こんなシーンも、
リシャール氏が、沼地に来て声をかける。
「昔、ここに年寄りがいたがどうした?」
「亡くなりました、今はぼくが」
「そんなにジャガイモをどうする?」
「隣の子供たちの大好物だからいつも、ワインでもどうです」
「そりゃ、嬉しいね、どうも」
リシャール氏は、自分のナイフを取り出し、ジャガイモの皮むきを手伝う。
「昔はここに住んでいた。人のためじゃなく、自分のためにくず鉄を集めた。くず置き場を工場にして、最新の設備を整え、──ようするにわたしは愚か者になった」
「無から出発して、身を起こしたんだから立派じゃないですか」
<2018.12.10>
166.『さよなら、アドルフ』(原題: Lore )
 2012年、オーストラリア、ドイツ、イギリス映画。 監督:ケイト・ショートランド。
  ナチス・ドイツの勝利を信じていた人の映画ではあるが、 原作はイギリス人の女性作家レイチェル・シーファーの「暗闇のなかで」であり、監督はオーストラリアの女性監督という、非ドイツ国が製作主導した映画である。
 1945年、14歳の少女ローレ(ザスキア・ローゼンダール)は、ヒトラー総統が亡くなったという母の言葉にショックを受け混乱する。父はナチス親衛隊高官であり、裕福な生活ができていた。しかし、やがて両親は連合軍に拘束され、ローレ、妹のリーゼル、双子の弟、ギュンターとユルゲンの幼い子供がとり残されてしまう。
 敗戦を境にナチスに対する世の中の風向きは一変し、特権階級の生活を謳歌 していたローレたちは冷たい仕打ちに直面する。
 母のいなくなったローレたちに、農家の夫婦は冷たく、邪魔者のように言う。そして、ギュンターがジャガイモを盗み、それを農家の夫婦にとがめられた日、ローレは居候をやめて、弟妹をつれて、遥か900キロ離れた祖母の家へ行くことを決める。
 大きな荷物を持って、シュヴァルツヴァルトからハンブルグへと旅立つローレたち。車はあってもバスなどの公共機関はない時代のため、歩いて鉄道の駅を目指す。 草原を歩き、森を歩く。子供たちには荷物は重く、その半分を捨ててしまう。
 草原を歩き見つけた民家。墨汁で洗ったようなどす黒い洗濯物が干されていた。ローレたちが食料を分けてもらうために立ち寄ると、老婆がいて、「それが最後の水だよ」と、水を飲ませてくれました。ローレが母の形見の宝飾品を渡すと、老婆は、「食料を貰ってくるわ」と言い、ローレたちは食事を取ることができた。老婆は赤子のペーターを可愛がり、 双子のギュンターとユルゲンに歌を歌うことを頼んだ。ギュンターとユルゲンが歌を歌うと、老婆は嬉しそうにし、「みんな手のひらを返して、総統に恩を仇で返したんだ」と言う。
 ローレは老婆の時折見せる激しい言葉と態度を恐れ、その家を出て行こうとしたが、老婆に「ここにいた方がいい」と言われる。
「赤ん坊はここに置いとくれ、赤ん坊がいると食料が優先的に分けてもらえるんだよ」
 貼りだされた写真で、ナチスの行ったホロコースト(ユダヤ人虐殺)の真実を知って動揺し、困惑・葛藤した翌日、連合軍兵士に呼び止めらる。そこで出会ったユダヤ人青年トーマス(カイ・マリーナ)だけがローレに優しく手をさしのべる。それまで当然のように蔑んできたユダヤ人に助けられ、戸惑いを隠せないローレ。過酷な現実に直面し、さまざまな経験を経た少女は成長していく・・・。 <2018.12.12>
167.『物ブツ交換』 (原題:THE TRADER)
 2018年、アメリカ。監督: タムタ・ギャブリシズ
 ジョージア(旧グルジア)で制作された映画であるが、ジョージアと言えば、筆者にとっては缶コーヒーの方が頭に浮かぶ。2018年現在大関栃ノ心(春日野部屋)の出身地だ。東ヨーロッパから来た彼が日本に来て感じたのは、蒸し暑く、空気がない、だったとか。
 旅商人が、街の万屋(よろずや)のようなところで日用品や古着を仕入れ、それをバンに積んで田舎の村に運んでいく。
 人々は、あれが欲しいこれが欲しいと寄ってきて、ジャガイモ5キロじゃ高いとか言って値引き取引している。この地域では今でもジャガイモがある種の通貨なのだ。言うなれば、交換経済というよりは「ジャガイモ本位制」だ。但し、誰が保管していても利子がつかず、芽が伸びてくるだけだ。
 映画は物流を追う23分の短編であり、情報量が少なく、何を訴えるのかよく伝わらないが、ジョージアのジャガイモを使った経済事情が分かって興味があった。土地の風景は美しく、生活はつつましいが、作品の説明には「貧困にあえぐ土地で野心や夢を追う余裕などない」などと書いている。2018年サンダンス映画祭で、ノン・フィクション部門の短編映画審査員賞を獲得したドキュメンタリー作品である。 <2018.12.13>
168.『ボリベール<帰郷> 』 (原題:VOLVER)
 2006年、スペイン映画。監督:ペドロ・アルモドバル。  映画の題は、アルゼンチン出身カルロス・ガルデルの歌うタンゴの楽曲「Volver」に由来する。
 始まりの舞台は監督の故郷でもあるラ・マンチャの小さな村の墓場。3年半前の火事でともに命を失った両親の墓所の手入れをする姉妹ライムンダ(ペネロペ・クルス)とソレ(ロラ・ドゥエニャス)、そしてライムンダの娘のパウラ(ヨアナ・コボ)の姿が見られた。女性たちは、地方の伝統に従い、マドリードから日帰りで、墓所の手入れに来ていたのだ。
 その後、ライムンダとパウラが帰宅してみると夫のパコの様子がおかしい。詰問に答えて、パコは仕事を首になったとと言う。そして事件は翌日に起こった。勤務先から電話をかけても全くつながらないので不審に思ったライムンダが通勤バスから降りると、バス停で雨に打たれながら待っている娘の姿があった。
 一方そのころ、ソレの元には伯母の急死の報が届く。電話をかけてきた伯母の友人によると、墓所の契約や支払いなどの手続きはすべて済んでおり、何も心配する事はないという。あまりにも手際がいいので少し不審に思うソレだったが、とりあえずライムンダの家に電話し、皆でラ・マンチャ行きの段取りを決めようとする。しかし信じられない事に、ライムンダの口からは「どうしても行けない」という返事が。何かがおかしい。そう思いつつもひとりで出発し、亡き伯母の家に到着したソレは、信じられない不倫男女を殺ろした現場を目の当たりにするのだった。加えて、火事で死んだはずの母親が生きているといううわさを耳にする。そんな中、娘のパウラが肉体関係を迫ってきた父親を殺害してしまうトラブルも発生する。
 奇しくも母娘3代皆、父や夫に苦しめられ、誰にも言えない秘密を一生抱え耐えることになる。彼女たちの唯一の生きる力は、血のつながった女系家族の存在であった・・・。
 映画の終わりに近いころ、ライムンダは絶望のどん底でチャンスを得、生活のために不正を承知でレストランを開くことになる。仕入れたのはトマト4キロ、ジャガイモ8キロ、そして大きな豚肉。これで、陽気で情熱的と言うよりも来客に人気の家庭的なスペイン料理をつくっいくことを予感させてくれる。 <2018.12.14>
169.『ファングー家の奇想天外な秘密 』 (原題:The Family Fang)
2015年、アメリカ。 ジェイソン・ベイトマン (出演, 監督)
 本作はケヴィン・ウィルソンが2011年に上梓した小説『ファング一家の奇想天外な謎めいた生活』を原作としている。
 ケイレブ・ファングは芸術家として活動していたが、その作品は奇天烈極まりないものであった。ケイレブの変人ぶりは子育てにも遺憾なく発揮され、芸術の一環として子供のアニー(ニコール・キッドマン外)とバクスター(ジェイソン・ベイトマン外)をそれぞれA、Bと呼んでいた。その結果、二人は普通とかけ離れた幼少期を送り、中年期にさしかかった二人は仕事面で行き詰まっていた。アニーは映画界で成功を収めていたものの、加齢が原因で出演オファーが少なくなっていた。ついにはトップレスでの演技で巻き返しを図るに至ったが、不発に終わってしまった。バクスターは小説家として活動していたが、スランプから抜け出せずに苦悩していた。ジャガイモを発射するポテト大砲を使ったウィリアム・テルばりの射的のマトに自ら志願し、大怪我をするなど、ある意味追い詰められると”パフォーマンス”をしてしまうあたり、強く親の影響を感じさせる。
そして記事を書くための取材中に負傷して入院し、アニーの見舞いを受ける。その後、アニーとバクスターは久しぶりに帰省し、二人はケイレブの芸術に付き合わされる羽目になった。しかし、ケイレブの芸術センスは二人の子供時代に比べて衰えており、それを目の当たりにした二人は失望することとなった。それからしばらくして、ケイレブと妻のケミーユは失踪した。ケイレブの車は近所の駐車場で発見されたが、血痕がついていた。事件の可能性を疑った警察が捜査に乗り出したが、アニーは失踪事件が両親の芸術活動なのではないかと疑っていた。一方のバクスターは警察とアニーの言い分のどちらが正しいのか判断できずにいた。
 二人は両親の捜索を諦め、思い出の品々をフリーマーケットで処分することにした。両親が所有していたCDをBGMにかけていた二人はある曲を聞いて仰天した。その曲は子供時代に自分たちが芸術活動の一環として歌わされた曲であり、一家しか知り得ない曲だったからである。二人はその曲を歌っているバンドの自宅に押しかけた。そこで二人が目にしたのは余りにも過酷な真実であった・・・。 
 本作では奇行のある親に育てられたストレスとトラウマに苦しみながらも、両親を愛している子供たちの矛盾する心持ちを描いているが、最終的に精神的な呪縛から解き放たれて、真の大人として前向きに自立していくのである <2018.12.15>
170.『マグノリアの花たち 』 (原題:Steel Magnolias)
1989年、アメリカ映画。監督:ハーバード・ロス。 マグノリアとは、アメリカ南部を象徴する花木タイサンボクを指す(写真の髪飾り参照)。また、この作品は1型糖尿病を患って死亡した妹を持っていたロバート・ハーリングの戯曲に従ったものだが、ここではどちらかと言えば陽気に作っている。
 舞台は、アメリカ合衆国南部ルイジアナ州の小さな町の美容院であり、登場人物はそこに集まる若い6人の女性たちである。
 若いシェルビー(ジュリア・ロバーツ)の結婚式のため、皆か忙しい。彼女と母マリン(サリー・フィールド)は、友だちのトルービィ(ドリー・パートン)の美容院に行く、居合わせたクレーリー(オリンピア・デュカキス)の外に、美容院にも少し内気な新人アネル(ダリル・ハンナ)が来ていて、女同士でにぎやかに話すことになった。シェルビーには糖尿病の持病があって、インシュリンの加減で、発作をおこす。周りは慣れていて、適切に処置をして、事なきを得る。
 クリスマスが済んでから、シェルビーは妊娠を告白する。そして命をかけて出産を決断する。その決断に複雑な思いを抱える母マリンがいるものの周りは素直に祝福する。
 しかし、これが裏目となって、透析、腎臓移植の甲斐もなく、亡くなる。
 一方、アネルは新しい相手との間に子ができ、ウィザー(シャーリー・マクレーン)は幼馴染と再婚に漕ぎつける。トルービー美容院も二号店をオープンさせる・・・。固い絆で結ばれる女性たちの姿を描いた作品である。
 ジュリア・ロバーツの出世作で、翌年の「プリティ・ウーマン」(ストリートガール役)の大ヒットにつながった。また、トルーヴィ役のドリー・パートンもよい。髪は金髪で、魅力的であり、南部女性を見事に演じており、美容院でジュリアの髪の毛をセットしたり、クリスマスに売店でジャガイモ売っている動きも活発で可愛いかった。<2018.12.16>


http://potato-museum.jrt.gr.jp/cinema16.html ジャガイモ博物館。ジャガイモと映画 16

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