ジャガイモの出てくる 映 画  第14集

浅間和夫

141.『男と女』(原題:UN HOMME ET UNE FEMME)
1966年、フランス映画。監督:クロード・ルルーシュ。
筆者には、スキャットと言えば由紀さおりの『夜明けのスキャット』(1969年、♪ルールルルー)が頭に浮かぶが、読者には本映画の後半に流れてくるボサノバ調の『♪ダバダバダ、ダバダバタ・・』のほうがよく知られているかも。この音楽は、監督の盟友である、フランシス・レイが担当したものであり、後に様々なアーティストにカバーされている。
 スタントマンの夫を事故で亡くしたスクリプターのアンヌ(アヌーク・エーメ)は、娘を寄宿学校に預け、パリで一人暮らしをしていた。また、妻に自殺されたカーレーサー(ジャン=ルイ・トランティニャン)も同じ寄宿学校に息子を預けていた。
毎週日曜日には、子供に会うため通うのがルーチンになっており、会えば必要なものやチヨコレートなどを話題にしながら街を散歩したりする。男が子供に会ったときは、浜辺に行ったり、子供に車のハンドルを握らせて、ひと時を一緒に過ごしたりしている。映画が始まって5分ほどした時もアンヌは子供と街を散歩し、靴屋と並んだ青物屋さんの前を歩き、店頭にネットなどに入ったジャガイモをチラッと見せていれる【写真】。
 ある日、娘に会うために寄宿学校に行った帰り、パリ行きの列車を逃してしまう。そんなアンヌにカーレーサーが車で送ると申し出た。そんな切っ掛けから、愛するパートナーを無くした男と女が、寄宿学校にいる子供を通じて、知り会い、しだいに魅かれ合い、切ない恋に落ちていく・・・。

142.『わが母の記』
 2012年、邦画。監督:原田眞人。
 井上靖が68歳の時に出版した自伝的小説を原作とした映画。1959年小説家の伊上洪作( 役所広司)は、老齢で病床の父を見舞うために故郷の伊豆を訪れていた。実はその昔、戦中に伊上家族は5歳の耕作ひとりを残して台湾に発って行き、血縁者の妾の「土蔵のおぬいばあさん」(実在の名は「おかの」)が彼を育てたのだった。父の見舞いを終え、洪作は東京の自宅に戻ることになった。別れの挨拶を母(樹木希林。2018年9月死去)に伝えに行くと、洪作は母の言動がおかしいことに気づく。その後、父が死に、洪作の妹たちが母の面倒を見ることになるが、母の認知症は少しずつ進行していく。
 1963年、洪作はリゾート地で母の誕生日パーティーを開催するが、母の記憶はさらに失われていく。夫との記憶だけでなく、洪作を捨てたことさえ忘れていたのだ。軽沢で洪作の三女琴子(宮崎あおい)らがお世話を続けたが、会っても息子と認識できなくなる。
1969年を過ぎた頃から洪作が母を引き取ることが多くなっていた。母の感情の起伏はより激しくなり、さらに、いなくなった子どもを探すかのように真夜中に家の中を見回るようになる。ある日、母は洪作に土蔵のばあちゃの悪口を語り始めた。ハワイに留学する次女を送る客船の中で、洪作は妻から母の逸話を知らされる。「外地と呼ばれた台湾で、万一家族が揃って死ぬようなことがあれば困る、一人で生きていける気性の強い子はつらくても残す」と、母は断腸の思いで洪作を日本に残したという。洪作は捨てられたのではなかったのだ。それとほぼ同時に、洪作は母が東京の自宅から行方不明になったことを知る。沼津にいる息子を探したいという言葉に心打たれたトラック運転手が乗せていってくれたのだという。写真は母が来るであろう浜でサツマイモを焼いて食べながら到着を確信して待っている洪作。
井上靖の子供卓也氏によれば、『だいたい父は、有名料理屋の、美味、珍味なるものを喜ぶ人ではなかった。それは、御馳走を食べ慣れてしまったから……というのではなく、自分が美味しいと思うものが御馳走なのであった。「おかのばあさん」が食事に出したものが、父の考えていた“御馳走”だった。大正前期の頃のことだから、それは粗末な献立だったと想像されるが、この老女は、当時、既にカレーライスを作って父に食べさせていた。彼女が若い頃暮らした下田で覚えた、ジャガイモとニンジンと、缶づめの大和煮が入ったもので、当時としては大変しゃれたものであっただろう。』
 


143.『テス』 (原題:Tess)
1979年、フランス・イギリス映画。監督:ロマン・ポランスキー。
原作はトーマス・ハーディの『ダーバヴィル家のテス』。
時は19世紀の末のイキリスの東北部にある村マーロットから始まる話。ある日突然、貧しい男が、牧師から君の家系が伯爵家だと教わる。それを聞いた夫婦は有頂天となるとき、部屋の片隅にジャガイモやリンゴがコロコロ見えた。美しい少女テス(ナスターシャ・キンスキー)は、近くに住む金持ちの家ダーバヴィル家に親戚と名乗り、援助を頼みに行かせられる。テスはダーバヴィル家の持ち物である農場に奉公に行くことになるが、祭りの夜、女主人のろくでなし息子アレックに犯され、情婦にされてしまう。テスは農場を出て行き、戻った実家で子供を産む。子供はすぐに死んでしまい、テスはまた別の遠い農場に奉公に行く。
 その農場には、牧師の息子だが農場主を目指しているエンジェル(ピーター・ファース)という青年がいた。テスとエンジェルは恋に落ち、テスとの結婚許可を得るため両親の家に行くが、その時の食事にマッシュ・ポテトが見えた。テスは自分の過去を告白でないまま、彼との結婚式を迎え、ハネムーンとして行く別荘の夜、とうとうテスはエンジェルに過去を告白するが、エンジェルはテスを許せずに出て行ってしまう。その夜別荘にはジャガイモの粉ふきが山盛りに用意されていた。(写真)
 テスが寂しく歩いて実家にたどり着いた時はポテトスープが出た。雪が見られる時期、早速テンサイ(甜菜、別名サトウダコン、ビート)の手作業収穫に働いたりするが、父親が死に、一家は困窮を極め、家賃の滞納で家を追い出され、ダーバヴィル家縁の地へ移り、アレックからの援助を受け、再び情婦として暮らし始める。
 時が流れ、エンジェルはブラジルから戻り、テスに対する厳しい仕打ちを後悔し、彼女を迎えに行く。しかし、テスは彼を追い返すことしか出来ない。だがアレックの言葉に激昂したテスはアレックを刺し、二人は愛の逃避行となるが、追ってきた騎馬警官に捕まってしまう。そして、テスは絞首刑に処され、この世を去るのだった。以上、筆力が劣るものがストリーを書くと詰まらなくなるが、 第53回アカデミー賞では、なんと6部門にノミネートされた名作であり、ジャガイモは何度も拝見できる作品であった。

144.『じゃがいも』 (日本のテレビドラマ)
1973〜1975年、テレビドラマ。脚本:向田邦子(むこうだ くにこ)。
『じゃがいも』は、NET(現・テレビ朝日)系列の『ナショナルゴールデン劇場』の枠で放送されていたテレビドラマである。プロデューサー:山内和郎、大村哲夫、大井素宏。
 このシリーズ43で、同名の韓国映画を取り上げた。
『だいこんの花』『にんじんの詩』『黄色いトマト』に続く、『野菜シリーズ』第4弾であり、一口に言うと東京の下町・向島にある「三沢コロッケ店」を舞台に、三沢家を中心とした様々な人間模様を描いたものである。「じゃがいも」のタイトルは、「じゃがいもはよく見ると、それぞれ少しずつ違った形をしている。まるで一人ずつ違う人生や喜怒哀楽、喜びを持ち、社会の中でひしめきあって生きている人間たちのようだ」といった様を例えたのが一つの由来であった。
  三沢家は善吉(佐野浅夫)・たみ子(森光子)夫婦と長男・雄一、長女・ひろ子の4人家族。近くの浅草には善吉の父が一人で暮らしている。善吉は個人タクシーの運転手をしており、妻のたみ子はコロッケ屋を営んでいて、店は小さいながらも結構繁盛している。
 第1シリーズは、かつて20歳の時にたみ子は野々宮家に嫁いでいたが、家柄や格式などの違いなどからいびられた苦労から家を離れ、手放してその野々宮家に置いて来た子供の春子から23年ぶりに電話がたみ子の元にかかってくる所から始まる・・・。向田邦子の脚本により、彼女流にじゃがいもらしき人々が毎日織りなす人生の機微、てんやわんやのおかしさ、哀感、人情を綴っていく。
 第2シリーズは、第1話で竜夫(加藤剛)が事故で亡くなり、これを受けて、妹のひろ子(吉沢京子)、弟の雄次(三浦友和)がどう変わり成長していくのかをテーマに描いた。兄の死が家族に与えるその波紋をテーマの1つにしているので、死に行く者に強い魅力が無いと、面影として訴えかけようとしてもそれが薄くなる。竜夫の写真がドラマが展開する上での伏線として大きな意味を持つというところが狙いだった。
 井上順が歌う「じゃがいも」もある。 向田 邦子は、1929年生まれ、テレビドラマ1971年の『時間ですよ』などで知られる脚本家、『父の詫び状』などで知られるエッセイスト、小説家。第83回直木賞を受賞。1981年8月、取材中の台湾で飛行機事故より死亡、当時51歳であった。

145.『彼女がその名を知らない鳥たち』
2017年、邦画。監督:白石和彌。
 原作は「九月が永遠に続けば」「ユリゴコロ」などで知られる沼田まほかるの同名ミテリー小説。北海道新聞評で「共感度0%、不快度100%、でもこれは、まぎれもない愛の物語と称するエイターティメント映画に仕上げた」と書かれた映画。
 集合住宅で暮らす佐野陣治(じんじ)(阿部サダヲ)は貧相で、地位もお金もなく、身勝手な女十和子(蒼井優)と暮らしている。十和子は、8年前に別れた15歳年上の黒崎(竹野内豊)を忘れられないでおり、夫の稼ぎに依存しながらも彼を嫌い、家庭のある別の男性とも関係を持っている。"最低の男と女がたどりりつく“究極の愛"とは―" がキャッチコピー。
 十和子の楽しみの一つとも言えるのがクレームをつけることだったが、デパートで買った時計の修理に関してクレームをしたことから、時計売り場で働く水島(松坂桃李)と出会う。十和子は妻子ある水島と関係を持ち、彼との情事に溺れていく。
 そんなある日、家を訪ねてきた刑事から「黒崎が行方不明だ」と知らされる。佐野がその件に関係しているのではないかと不安を抱き...。
 ストリーに共感すること少なく、舞台も大阪であるが、監督は1974年旭川市生まれ、ひょっとするとジャガイモが顔を見せるかもと、僅かに期待した。
 ありました。陣治がシチューのためのジャガイモの皮を剥いている時に十和子が浮気に出かけようとするシーン。陣治はジャガイモを持ったまま追いかける。映画は、『破れ鍋に綴じ蓋』が似合いそうな男女の美醜を奇妙に包んだハーモニーであった。

146.『男はつらいよ 純情篇』
赤ちゃんをおぶった若い女に出会い、妹さくらの面影を感じ、五島列島の福江島まで付き合った後、望郷の念にかられた寅さんが柴又に帰ると、またしても自分の部屋に下宿人が居ることに腹を立てる。とら屋を飛び出そうとしたとき、今篇のマドンナとなる下宿人の女性が入ってくる。彼女はつねおばちゃんの遠縁に当たる娘の夕子(若尾文子)であり、しかも飛び切りの美人だと知ると態度を180度変え、寅次郎は鼻の下を思い切り伸ばして日々の生活を送るようになる。夕子は小説家の夫とうまくいかず、別居を決意して飛び出してきていたのである。
 本作では、博が印刷工場を辞めると言い出す騒動も発生し、寅さんが騒ぎを大きくし、たこ社長は博を主任技師に昇格させるというシーンもあったが、中心は夕子絡みの話で進行していった。  寅さんは夕子への同情から発展して、寝込んでしまう。呼ばれて来たスケベ医者(松村達雄)は、「お医者様でも草津の湯でものアレですよ」の御宣告を下して去る。
 その後、食事時【写真】に顔みせた寅さんに、
つね「ねい、お前の好きなジャガイモ煮たんだけど、食べないかい?」
夕子「美味しそうよ」
寅さん「いも?!」
との会話があり、テーブルには寅さんの大好きな肉じゃがの大皿が見えた。
 夕子にとって、とら屋はドタバタうるさいものの、皆が自分の気持ちを隠さず出して話し、怒ったり、愛情いっぱいでいることに心魅かれるのであった。  

147.『危険な道』(原題: In Harm's Way)
 1965年、アメリカ合。監督:オットー・プレミンジャー
 1941年12月7日、真珠湾は日本の奇襲攻撃をうけた。停泊中だった巡洋艦セントポール号のトリー艦長は日本艦隊追撃の命令をうけて出撃したが魚雷をうけて損傷。艦長は当時のミスター・アメリカのジョン・ウェインだ。
 海軍病院で手当てをうけているとき、看護婦マギー大尉(パトリシア・ニール)と知りあった。彼の上司の太平洋艦隊司令長官(ヘンリー・フォンダ)はかねてからトリーを信頼しており反攻作戦を一任することにきめた。
 正義の味方のアメリカ軍が強固な日本軍(本当は弱い)を徹底的に打ちのめす話であり、真珠湾で日本軍が民間人を狙い撃ちする間違ったシーンもあった。 トリー提督も片足を失い、マギーの優しい看護の姿があった。戦争経過を軸に、アメリカ戦艦の艦長と彼を取り巻く人々を描いたホームドラマであったが、イモ屋としてはオバノン(O'Bannon、写真)という駆逐艦に関心があった。
 この映画でははっきり出てこないが、オバノンは後日1945年7月には本州北部と北海道を空襲する大型空母の護衛を行ったり、日本が降伏文書に署名したあのミズーリを護衛しり、朝鮮戦争やベトナム戦争にも従軍している艦でもあるのだ。
1943年4月5日の夜、第21駆逐隊の僚艦と共に沿岸砲撃任務から帰投中だったオバノンは、ガダルカナル島のおよそ48km北西付近で日本の潜水艦呂34が浮上しているのを発見した。突然至近距離で現れたため、体当たりを試み、その後呂34の真横に並ぶことになってしまった。潜水艦と判ったものの近すぎて主砲は使えず、超近接した潜水艦相手に戦う訓練をしたことがなかったため、とりあえず保存容器に入っていた目潰し代わりにジャガイモを投げた。しかし、日本軍の潜水艦乗員は手榴弾だと思って急いで駆け寄り、即座に投げ返した。
 その後、激烈な雪合戦、いやジャガイモ合戦・・・にはならず、
 日本の呂-34は慌てて潜行を開始した。オバノンから船体が離れ、火砲攻撃できる距離になり、司令塔に損傷を与えた。呂34が逃げるため潜航しだしたため、オバノンは爆雷攻撃を加え最終的に撃沈させた。
 ジャガイモが爆発したわけではなかったが、このポテトチ−ムのことはアメリカ国内にも伝わり、米国のメイン州のジャガイモ農家協会が『われわれが生産したジャガイモにより1943年春日本潜水艦1隻を撃沈したことを祝う』と表彰状を作ってオバノンに贈った。(写真下) 追記:2019年2月3日香港警察の発表によると、香港にあるカルビー子会社の工場で2日、ポテトチップス用にフランスから輸入したジャガイモの中に第一次世界大戦時代のドイツ製手榴弾が紛れているのが見つかり、警察が爆破処理して事無きを得た。ジャガイモに紛れるほど似ていることが分かった事例である。 

148.『フレンジー』(原題: FRENZY)
 1972年、イギリス。監督:アルフレッド・ヒッチコック。
平穏を不穏に、正常を異常に、日常を非日常に反転させる映画をつくる天才と言われる監督が、久々に故郷のイギリスに戻って撮影し、落ち気味の評価を復活させた作品である。
 ロンドンを流れるテムズ河岸に、首に縞柄のネクタイをまきつけた全裸の女の死体が打ちあげられた。その頃、リチャード・ブラニー(ジョン・フィンチ)は勤め先の酒場をクビになり、友人のラスク(バリー・フォスター)のところにやってきた。それから2年前に離婚したブレンダ(バーバラ・リー・ハント)の経営する結婚相談所にきて、自分の不遇を訴えた。
 翌日、ブレンダのオフィスにロビンソンという偽名を使ってラスクがやってきてブレンダを、ネクタイで絞殺した。ラスクが帰って数分後、ブラニーが訪れたが、鍵がかかっていたため引き返そうとする姿をブレンダの秘書に目撃された。ブラニーは逮捕されるがオックスフォード警部は彼の態度を見て釈然とせずじ、再調査の結果、真犯人はラスク考える。ブラニーは刑務所内で頭を打って病院に送られるが、ラスクに復讐するため脱走する。
 その頃、酒場をやめた女バブスは、ラスクに自分の部屋があくから自由に使えと勧められ、ネクタイで絞殺される。ラスクは、死体をジャガイモ袋につめてトラックに投げ込むものの、殺す間際にネクタイピンを?(も)ぎとられたことを知り、発車したトラックに飛び乗る。ジャガイモを満載したトラックの荷台で死体からスーツピンを奪い返そうと悪戦奮闘した後、トラックを脱すると、開かれた袋からジャガイモが続々と転がり、深夜の路上にバブスの裸の死体が転がり落ちることになる。
 ブラニーは、ついにラスクのいる部屋に入り、ベッドを鉄棒でなぐりつける。しかし毛布の下には全裸の女の死体があるだけだった。そこへ警部が足をふみ入れる。その時、死体をつめ込むために箱を持ってきたラスクが部屋に入ってくる……。これでやっとブラニーは無罪が立証され、晴れて自由の身になるのだった。

149.『ゴッドファーザー PART III』(原題: The Godfather Part III)
1990年、アメリカ。監督はフランシス・フォード・コッポラ。
マフィアのボスとして絶大な権力を握ったマイケルの最晩年の物語である。
1979年のニューヨーク、ファミリーのドンとなったマイケル・コルレオーネは、父の名を取った「ヴィトー・コルレオーネ財団」の名の下、「シシリー復興のための資金」との名目で行った多額の寄付が功を奏してバチカンより叙勲されるなど、合法ビジネスへの全面的な転換を試みる。
 マイケルの息子アンソニーはファミリーとそのビジネスを嫌悪し、大学を中退してオペラ歌手の道を進もうとしていた。マイケルは長兄ソニー(PartIで殺されてしまっている)の私生児ヴィンセント(アンディ・ガルシア)に違法ビズネスの大部分を渡しつつ新興ボスジョイ・ザザとの対立を和らげようとした。しかし、マイケルの追い落としを狙うドン・アルトベッロもいた。また、マイケルが投資した資金がヨーロッパの銀行の頭取に横領されてしまう。  マイケルの妹コニーの支援を受けたヴィンセントは、マイケルの承認を受けずに、ザザを殺害してしまう。マイケルは勝手に動いたヴィンセントとコニーを叱責する。
 またこの頃、ヴィンセントはマイケルの娘のメアリー(ソフィア・コッポラ)と恋仲になる。ヴィンセントの隠れ家。そこにメアリーが訪れる。二人の関係はいとこである。二人は許されない恋に落ち、ニョッキを作りながら愛をささやくシーンがある【写真】。この時は愛する二人のひとときの安らぎと、その後の展開を予測させる。ニョッキはご存知の通り、イタリアで古くから作られている家庭料理で、茹でたジャガイモに小麦粉を加えて作る。
ヴィンセントは「メアリーから手を引く」という条件を受け入れゴッドファーザーの地位を引き継ぎ、新法王となったランベルトの改革により失脚したルケージ、アルトベッロ、ギルディの殺害を指示する。
アンソニーのオペラデビューの日、マイケル一家は総出で観劇に訪れ、マイケルに向けて殺し屋が向けられたことを知ったヴィンセントはその警備に当たる。
 オペラが終わり劇場を後にしようとするマイケルの元にモスカが忍び寄り銃撃する。モスカはその場でヴィンセントに射殺されるが、モスカの撃った銃弾はマイケルに軽傷を負わせ、さらに彼の側にいたメアリーの命を奪う。十数年後にシシリーで追憶の日々と孤独の中で死んでいくことになる。

150.『僕の大事なコレクション』(原題:Everything Is Illuminated)
2005年、アメリカ。 監督:リーヴ・シュライバー。  ジョナサン・サフラン・フォアが2002年に出版した『Everything Is Illuminated』の映画化作品であり、ホラー映画「スクリーム」シリーズなどで知られる俳優の初監督作品である。
ユダヤ系アメリカ人の青年ジョナサン(イライジャ・ウッド)は、息を引き取る前の祖母から1枚の古い写真と、ユダヤ民族を象徴するペンダントを手渡される。それはジョナサンが幼い頃に亡くなった祖父サフランが、いつかジョナサンに渡してほしいと祖母に託していた物であった。ジョナサンには奇妙な収集癖があった。身近な人々の死後、彼らの身の周りの物を1つ1つジップロックに入れ、壁一面にピンで止めるのだった。
 ジョナサンは、東ヨーッパのウクライナからの移民であった祖父を現地で助けてくれた女性アウグスチーネと写真を撮った場所を探しにウクライナに向かう。ウクライナに辿り着いたジョナサンを待っていたのは、アメリカかぶれの通訳のアレックス(ユージン・ハッツ)と、目が見えないと言い張るアレックスの祖父(運転手)、取っつき難い盲導犬もどきであった。早速ガイド料の大金が欲しい彼らは、サフランが住んでいた村トラキムブロドを探しに出発する。
 最初のレストランではベジタリアンの青年の望みどおり、彼の肉無しの皿だけに煮たままのジャガイモが出されるギャグ的シーンがある(写真)。おまけに床から拾ったものの半分を僕の大切なコレクションにしてしまう。
 麦畑の多い地方を進んでいくが、ガス欠になり、3人は野宿をする。翌朝祖父がガソリンを調達し再び出発できる。運よく、ヒマワリ畑の中にある一軒家を見つけ、通訳のアレックスが近ずく。住人の老婦人に、サフランとアウグスチーネの写真を見せて「この人達を知りませんか」と尋ねる。老婦人は言います。「ずっと待っていたわ」。彼女が住むこの場所こそトラキムブロドでした(蛇足ながら老婦人の家の入り口付近にもジャガイモが積まれてあった)。老婦人に招かれ、家に入った3人は驚きます。部屋にはラベル分けしたいくつもの箱が積み重なっています。それはジョナサンが自室の壁に貼っている、たくさんの袋と似た光景です。老婦人はサフランを知っていた。彼女こそアウグスチーネの姉だったのだ。
 昔ここで1024人がナチスに銃殺されたと知る。彼女は「戦争はもう終わったの?」と聞くほど世間とは交流なかったようだ。この交流で、過去というものは人々の内にあり、人生に寄り添っていることを感じさせる。  姉に妹の形見のブローチを渡し、アメリカへ帰へり、アレックスは今回の旅を回想文にする。タイトルは原題の「Everything Is Illuminated(すべては解明された)。


http://potato-museum.jrt.gr.jp/cinema14.html ジャガイモ博物館。ジャガイモと映画 14

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