ジャガイモの出てくる 映 画  第32集

浅間和夫

321.『恋とスフレと娘とわたし』 (原題:An Ameridan Rhapsody)
2007年、アメリカ映画。監督:マイケル・レーマン 。
 ロサンゼルスでスウィーツショップを経営するパティシエのダフネ(ダイアン・キートン)は、若くして夫と死別し、女手ひとつで3人の娘を育て上げた。三姉妹と母の雰囲気は良く、何でもオープンに話せる仲。長女と次女は無事結婚し、残るはキュートな三女のミリー(マンディ・ムーア)だけ。
 まともな彼氏に恵まれない末娘ミリーを心配した母は結婚相手探しに奔走する。ミリーに内緒で花婿募集の広告を出す。面会を求めて、とても条件の"真面目な男性"と思えぬ奇人変人がくる。そうして、ラブ・コメディ本番が始まる。ミリーは建築家とギター引きに二股かけの恋愛ゲームを楽しみ、母親自らが花婿候補の父と恋に落ちてしまい……。というテンポのよいロマンチック・コメディ。ある女性の感想は映画を要約していた、すなわち『幸せは訪れるものじゃなくて 選ぶもの 選択を誤ると 人生が変わるの』

 パティシエを職業にする主人公が作るスフレなどのおしゃれなスウィーツの数々や、トッカ、ジョヴァニなど、人気ブランドのファッションにも注目したい。筆者にスフレと言えばスウィーツよりもジャガイモを膨らましたものを思う。そのポンム・ド・テール・スフレは幅1.5cm、長さ4cmほど、厚さ3mmとし、2度揚げする。1回めは弱火で外を固め、2回めは強火とし膨らませるもので、厚さを一定に切るのがコツ。
 1837年にパリーとサン・ジェルマン間の鉄道開通祝賀会に牛肉に添えてポム・フリッツ(フレンチフライ)を出す予定でいたのだが、到着時刻が遅れた。祝賀の時間に間に合うようジャガイモを油に入たのだが、あいにく列車が遅れるとの連絡をうけたコック長は処理に困った。とりあえずジャガイモをすくい上げて待つことにした。
 そして七月革命の後『市民の王』と言われていたルイ・フイリップとその王妃マリア・アメリアが、オ−ケストラの演奏とともに祝賀会場に姿を現したのを見てから、再びジャガイモを油の中に入れた。ところがシェフの心配をよそに、2度揚げされたジャガイモは、内部が中空になり、黄金色にふっくらと膨らみ、見た目もおいしそうにでき上がった。
 王は、この柔らかいが外がカリカリと歯ごたえのある、凝った料理のお替わりを所望し、満座の人びとも、偶然に生まれたスフレとも知らずに、賛辞を惜しまなかった。

322.『メトロで恋して』 (原題:Clara Et Moi)
 2004年、フランス映画。監督:アルノー・ヴィアール。
 8月のパリ、32歳の売れない俳優アントワーヌ(ジュリアン・ボワセリエ)はある日地下鉄で偶然目の前に座ったクララ(ジュリー・ガイエ)という女性に出会う。彼女は28歳の作家の卵で、ウェイトレスのアルバイトをしている。そんなクララから電話番号を教えてもらったアントワーヌは、間もなくデートに漕ぎ着ける。デートを重ねるうち、美しく、自由で寛容な理想的な女性として恋に落ちる。やがてある日、アントワーヌはついにクララとの結婚を決意する。そして、結婚に向けて健康診断を受けたふたりだったが、不治の病HIVプラスという診断を受ける。
 アントワーヌはその事実が受け入れられず、ふたりの間には距離ができ、親友のBT(アントワーヌ・デュレリ)や、姉のイザベル(パスカル・アルビロ)に相談する。やがて彼は6年ぶりに、名医である父(ミシェル・オーモン)を訪ねる。打ち解けて話すうちに、アントワーヌはクララの苦しみを受け入れたいと考えるようになった。そしてアルゼンチンに行くと決めたクララの送別パーティーの最中、アントワーヌは彼女を訪ね、一緒に暮らしたいと申し出る。とまどうクララは、パーティーの部屋へと立ち去っていくが、窓からアントワーヌを見て微笑むのだった。このあとふたりはどうなるのか。切なくピュアなラブストーリーであった。

 デートはもちろんパリの名所、セーヌ河岸、エッフェル塔などであったが。ジャガイモ好きの筆者にはメトロがひっかかった。メトロ3番線にパルマンティエ駅(Parmentier)があり、今はジャガイモ駅(Pommedeterre)と呼ばれている。駅にはそのパルマンティエの像がある(写真)。彼は七年戦争(ジャガイモ戦争)の際にプロイセン軍の捕虜になり、ジャガイモを食べさせられ、戦争や飢饉時に役立つそのすばらしさを身をもって体験してきた。帰国後食べ物のコンテストに応募し、ハンセン病を引き起こすなどと嫌われていたジャガイモを身近なものにし、ベンジャミン・フランクリンやアントワーヌ・ラヴォアジエなどの有名人を夕食会に招いてジャガイモ料理を出したり、ルイ16世や王妃マリーアントワネットにジャガイモの花束を贈るなどの広報活動を行ない、そしてジャガイモの畑を貴重なものであるとしてわざわざ昼間は兵士に守らせて興味を抱かせ、夜は兵を引き上げさせる方法で、わざと盗ませる、などの方法でジャガイモを広めた。今日でもジャガイモ料理には多くParmentierがついている。

323.『マイ・プライベート・アイダホ』 (原題:My Own Private Idaho)
 1991年、アメリカ映画。監督:ガス・ヴァン・サント。
 主人公のマイク(リヴァー・フェニックス)はオレゴン州ポートランドのストリートでは主にゲイの男性に体を売って生活をし、大男ボブの統率するグループに属している。マイクが想いを寄せているスコット(キアヌ・リーブス)は市長の息子である、生い立ちは対照的なふたりだが、スコットは親友以上の気持ちでマイクを見てはくれなかった。ふたりは、マイクを子どもの時に捨てた母親を捜すため近親相姦をしていた兄からの情報をもらい、ローマに行く。 片田舎にある農場に着くが母親はすでにアメリカへ帰っており、マイクは失望。さらにスコットが農場で出会ったカルミラという女の子と恋に落ちてしまい、ふたり仲良くアメリカへ帰ってしまう。
 残されたマイクはしばらくローマで男娼をするが、言葉のわからないストレスと孤独で発作がひどくなり、結局ポートランドに帰ってくる。以前と同じ男娼をしながらのストリート生活の中で、マイクはスコットのいない寂しさと退廃的な日々に疲れ果てていく。スコットは完全に別世界の人間になっていた。
 高級スーツに身を包んだスコットを見かけたボブは、スコットが入った店へ入っていく。スコットは声をかけてきたボブに“知らない男だ、出て行ってくれ”と言い放ち、ボブは店から追い出される。その晩、ボブはショックのあまり死んでしまう。ちょうどスコットの父親も死んでおり、墓地では立派な葬儀が行われていた。マイクと仲間たちはそのすぐそばでボブの弔いを始め、大騒ぎをする。その様子をじっと見つめるスコットとマイクの目が合うが、ふたりが言葉をかわすことはなかった。マイクは1人でアイダホへ行き、道路の真ん中で発作を起こして眠り込む。眠り込んだままのマイクを誰かが車に乗せ、長い一本道を走り去っていく...。
タイトルにアイダホがつく映画であるが、期待したジャガイモ畑は出てこない。マイクがアイダホ州という地名を思い出せなくて「ポテトのところ」と表現してくれるだけ。アメリカ人にとってアイダホ州はこれで通じるところなのである。(写真は本シリーズ283『帰らざる河』で紹介したモンロー。遮光と通気性を考えたジャガイモ麻袋をわざと洋服にしたもの。なお、二大産地メイカ州のポテトで日本の潜水艦『呂34』)を沈めた話は147『危険な道』にあり、アニメの172『おかしなガムボール』にはアイダホ君がでている。)

324.『レアエクスポーツ 囚われのサンタクロース』 (原題:Rare Exports)
2010年、フィンランド映画。監督:ヤルマリ・ヘランダー。
 わが国のサンタクロースは陽のイメージが強い。アイスランドでは、サンタクロースは良い子にはお菓子、悪い子には生のジャガイモを靴のなかにいれていくと聞く。通常サンタクロースと言えばフィンランドを思い出すが、北フィンランドに住む少年ピエタリ(オンニ・トンミラ)は、サンタクロースを恐ろしい存在と信じていた。彼はトナカイ猟師の厳格な父ラウノと寂しく過ごしている。国境付近のルヴァトゥントゥリ山は『サンタが住んでいる』という伝説があるところであるが、山頂ではセブゼロ社による「考古学上の発掘作業」の名目で大規模な掘削作業が行われる。そんな時作業員たちが一瞬で消え、降りしきる雪の中に裸足の誰かが現れたり、トナカイの群れが国境近くの谷間で全て惨殺されていたりする。
 クリスマス当日には、サンタの衣装のピーパリネンとラウシは仕掛けておいたオオカミ除けの落とし穴に人の手を見つける。落ちていたのは60絡みの長いアゴ髭の老人で、全裸で素足にコートの妙な格好をしているのを見たピエタリは家から飛び出し、パトカーに会って戻ってくる。
 警官によれば、変事は彼以外の全ての家で起きていて、ピエタリの友人ユーソの父アイモは「ジャガイモ2、300袋の袋だけが盗まれた」と言い、ジャガイモで埋もれた納屋を見せる。
 地元の子どもたちが次々と失踪(しっそう)するという事件が起きる。山から掘り出されたサンタが捉えられ、鉄の檻に入れられ、ラウノはセブゼロ社の社長と掛け合い大金を得ようとする。社長が確認して、「これはサンタじゃない、サンタの小さな助手の1人だ」と言う。木陰や森の中には大勢の裸の老人(妖精)がいて、手に手に武器を持ち、じりじりと近寄って来る...。
 ラストは、サンタの衣装を着せられた妖精たちが、各々”希少輸出品(Rare Exports)”とプリントしたサンタマークの木箱に詰められ、大型輸送機で、世界各地へ輸出されて行くと言うブラック・ファンタジー。

325.『RETABLO』 (レタプロ、箱庭祭壇)
 2017年、ペルー。監督:アルバロ・デルガド・アパリシオ。
 ペルーと言えば観光地マチュピチュが有名であるが、民芸品では標題のレタプロ文化であろうか。レタブロとは本来現地の公用語であるスペイン語で祭壇画という意味であるが、高地先住民の、宗教や歴史、はたまた日常の出来事を彩色豊かな箱の中にジオラマのようなミニチュアを置くものとして知られている。すなわち、木製の家にママゴトのように並べ、キリストの生誕、アンデスの祭り、日常の何気ない生活風景を再現したものであるが、作家によって扱うテーマや聖母マリア人形の表情、着色などが全く違っている。
 主人公のセグンド・パウカル少年(ベハール・ロカ)は、父親が家族の遺産を継承するのと同じように、壇画職人になりたいと考えている。ポンチョを直す軽作業から始まり父ノエ(アミール・カヨ)を真似てレタプロをつくるようになる。まず皮付きのままジャガイモを茹でてから皮を剥き(写真)、捏ね、増粘剤を加え、器用に人形を作ったりしている。そして定期的に山奥から町へ長い道を歩き、時にはヒッチハイクして向かい、日銭を稼いでいる。
町では、半ば恒例行事のように男が鞭に打たれたり、リンチされており、この忍び寄る暴力が始まると野次馬が集まってくる。少年はそんな町のパーティーで、同性愛者のコミュニティを知り、次第に傍観者でいられなくなってしまう。父は、町の人同様、LGBTQ(ゲイ)を嫌悪している。コミュニティで知り合ったネオとの関係がバレてしまうと祭壇画の夢も叶えられなくなってしまう。少年は、どちらを選ぶか苦しんでいく...。あまり出会わない映画である。

326.『ショーシャンクの空に』 (原題:The Shawshank Redemption)
 1994年、アメリカ映画。監督:フランク・ダラボン。
 原題を直訳すると「ショーシャンクの贖(あがな)い」。妻とその愛人殺しの罪で終身刑を言い渡された銀行の副頭取、アンディ・デュフレーン(ティム・ロビンス)は、ショーシャンク刑務所に収監される。所内の荒くれたちから暴行され、生傷が耐えない日々を送っていたが、ハドレー刑務主任の遺産相続問題の解決策と必要書類の作成を手伝い一目置くようになる。やがて、アンディは図書係に配置換えとなり、所長が建業者達からの賄賂を受け取っていることを知る。新たに入所したコソ泥のトミーに文字の読み書きを終え高校資格試験を受けさせ、見事合格まで導いた。トミーはアンディの過去を知ると、その真犯人に心当たりがあることを話す。それを聞いたアンディはすぐにノートン所長に再審請求するように頼み込むが、優秀な経理担当者であり、また自身の不正蓄財の全てを知っている彼を自由にさせる気は所長にはなく、所長と主任刑務官は、無実の鍵を握るトミーを脱走したように見せかけ殺害する。
 アンディはそこで同じく終身刑の黒人レッド(モーガン・フリーマン)と知り合う。レッドはアンディが元気がないのを知りアンディが自殺を考えているのではないかと仲間達と相談する。翌朝の点呼の際、アンディが房から消えていることが発覚。中を調べると、大きなポスターに裏に隠された穴があった。理不尽な仕打ちの中でも決して人生を諦めないアンディは約20年間、来る日も来る日もロックハンマーで壁を掘り続け、ついに脱獄できる。アンディはスティーブンスに成りすまして所長の不正蓄財を引き出すと同時に、告発状を新聞社へ送り、メキシコへ逃亡する。そしてアンディの告発状によってハドリー主任刑務官は逮捕され、人生を悟った所長は拳銃自殺する。間もなくレッドも服役40年目にしてようやく仮釈放され、アンディの伝言を信じ、メキシコへ向かう。長年の理不尽な獄中生活から自力で自由になり、悠々自適の生活を送るアンディと再会し、抱擁を交わす...。
 と言うことだが、フランク・ダラボン監督は、
「20年の歳月を描くのだから、1シーンぐらいは年月の経過を表すのに雪が必要だと思ったんだ」
と。必要なときの雪の用意のため大量の乾燥ジャガイモ砕片を作っておき、日陰で送風機で飛ばしながら撮影したと言う話を残している。この映画の4年前の『ホームアローン』では市販のマッシュポテトフレークを使ったが、今回は自前であった。
蛇足の上乗せとなるが、アンディとレッドが初めて言葉を交わすシーンにおいて、レッド役のフリーマンはアンディにボールを投げるのだが何とOKが出るまで9時間も腕を振り続けたそうだ。役者魂に脱帽したい。

327.『ワイルド・スピード MEGA MAX』 (原題:Fast Five)
2011年、アメリカ映画。監督:ジャスティン・リン。
『ワイルド・スピード』は2001年(監督:ロブ・コーエン)から始まり、これまで9作目まで出ている。“友情”や“家族愛”をみごとに取り入れた面白いアクション映画である。ここで取り上げたのは第5作目であるが、ここで初めて登場したルーク・ホブスこと元アメリカ外交保安局(DSS)捜査官の役をこなし、その後も出演を続けるドウェイン・ダグラス・ジョンソンについてに注目したためである。
 裁判で懲役25年の判決を言い渡され護送されるドムことドミニク・トレット(ヴィン・ディーゼル)はブライアン(ポール・ウォーカー)、ミアらの助けにより護送車から脱出する。
 ブラジルのリオデジャネイロに逃亡したブライアンとミアはかつての仲間ヴィンスと再会する。麻薬取締局が押収した車を盗むことになり、そこにドミニクも合流するが、仲間の裏切りにより襲われてしまう。その理由は、ドミニク達が盗んだ車に隠されたリオで最も強い権力をもつ悪徳実業家エルナン・レイエスの闇金の流れを記録したマイクロチップにあった。
 そんな中、ミアがブライアンの子を身籠もった事を知ったドミニクは、妹が過去を消して家族で静かに暮らすために、レイエスの闇金1億ドルを強奪する計画を立てる。計画遂行のため、凄腕たちがリオに集結。一方で、彼らファミリーを執拗に追うアメリカ外交保安局捜査官ルーク・ホブス(ドウェイン・ジョンソン)やレイエスの手下といった追っ手が迫る。
 一旦はファミリーを捕らえたホブスであったが、レイエスの手下に部下を殺されたことやレイエスとの癒着に甘んじるリオ警察に対峙するため一時的にドミニクと協力関係を結ぶ。警察署内にあるレイエスの金庫を奪ったドミニクとブライアンは、金庫を引きずりながらリオ警察やレイエス一味とのカーチェイスでリオの市街を駆け抜ける。1億ドルを山分けしたファミリーは、世界に散らばり、ドミニクはエレナと交際を始める...と続く。レア車一杯、目の保養にもなる。
 今回初登場したルーク・ホブスは、その後の各作品で活躍し、主人公ドミニクと二分する人気を獲得しつづけてる。彼を演ずるのはドウェイン・ダグラス・ジョンソン(1972年〜)。身長196cmの俳優兼プロレスラーである。体格と筋肉は半端ではなく、握力は一般男性の約45kg、室伏広治や熊の約150kgを超え、なんと192kgという驚異の持ち主。これはチンパンジーの(約200kg〜)に近く、ジャガイモを握りつぶすことが可能と言う。

328.『おやすみなさいを言いたくて』 (原題:A Thousand Times Good Night)
 2013年、ノルウェー・アイルランド・スウェーデン映画。監督:エリック・ポッペ。
女性報道写真家の心情と家族とのつながりを描くファミリードラマ。強い使命感を持ち、世界の戦場地帯を飛び回る女性カメラマンであるが、愛する家族と危険を伴う仕事との間で揺れ動くヒロインをフランス出身のオスカー女優ジュリエット・ビノシュが好演する。
アイルランドの海辺の町。報道写真家のレベッカ(ジュリエット・ビノシュ)は愛する夫マーカス(ニコライ・コスター=ワルドウ)や2人の娘たちの理解に支えられ、自らの信念をささげ世界各地の紛争地域を取材で飛び回る多忙な日を送っていた。常に家族と一緒にいられないものの全て順調だと思っていたが、取材中に巻き込まれた事故を心配した家族から今後危険な場所へは行かないと約束させられる。
 仕事が家族を苦しめていることに気付き、自分の仕事と家庭をどうやって両立させるのか。仕事のほうが大事なのか、家族のほうが大事なのか。戦争の悲惨さを世界に伝えるという使命感はどうしても捨てられないのか、葛藤に苦しむことになる。
 日本の男性カメラマンならここまで苦しまないかも知れない。普段は戦場に行って、家に帰ってきたらちゃんと家事ができるのかも気になるところ。劇中、娘たちのためにレベッカが朝食を作るシーンがあり、パンケーキに目玉焼きのようなものを食べさせていた。別の夕食を作るシーンではマーカスが鍋を担当し、レベッカがジャガイモの皮をひたすら剥くところが見られた。

329.『悪童日記』 (原題:Le Grand Cahier)
 2013年、ドイツ・ハンガリー映画。監督:ヤーノシュ・サース。
 時代は第2次世界大戦下の1944年8月。双子の兄弟(アンドラーシュ・ジェーマントとラースロー・ジェーマント)は母親と列車に乗ってブダペストからオーストリア国境に近い田舎町へ向かう。生まれて初めて会う祖母(ピロシュカ・モルナール)のところにへ疎開する。20年ぶりに帰った娘である母を祖母は抱きしめようともしない。「強くなって。迎えに来るまで生き延びて。何があっても勉強は続けてね。手紙を書くわ」と言い残し、母は去っていった。祖母の敷地には川があり、それを越えればオーストリアであるが、そこはナチス・ドイツの支配下である。村人たちから魔女と呼ばれる肥って意地悪な祖母に重労働を強いられ、薪割り、水汲み、家畜への餌やりなどに従事する。実は、二人は出発の前、父から大きなノートを渡され、それに日記を書くようにいわれた。母親との約束を守り、日々の暮らしをノートに綴る形で淡々と描くという形式をとっている。
『強くならなくちゃいけない。寒さに負けないようにしなくてはならない。友だちは大切にしなくちゃ。そして、生き残っていかなくては――』双子は身体を鍛えるため、祖母から日頃言われるように「くそがき!」などと罵り合いながら、互いに殴り合ったりする。冬になり、樹にもたれかかる負傷兵を発見し、食べ物と毛布を持って引き返すと、兵士はもう死んでいた。双子はその武器を盗み、空腹に耐える訓練もする。
 ある日、祖母が郵便配達夫から小包を受け取るところを見た。母から送られた衣類と手紙だ。それらを祖母はずっと隠し、双子には渡さないでいたのだ。母を思い出すと心が痛む。だから、母を忘れなければいけない。双子は精神を鍛える訓練として母からの手紙と母の写真を焼く。ニワトリを可愛がってから殺す。残酷さに慣れるため、虫、魚、カエルなどを次々と殺す。
 ついに祖母の家に司祭館の若い女中がジャガイモを買いに来て、双子がジャガイモを持っていくシーンに出会えた。そして、表の通りを大勢の人が連行されていくのを見る。親切だった靴屋さんは殺されていた。人間の醜さや哀しさ、世の不条理、非情な現実を目にするたびに、双子は克明に日記にしるし、 戦争が暗い影を落とすなか、したたかに生き抜いていく...。ハンガリー生まれの女性亡命作家アゴタ・クリストフの衝撃の処女作であった。

330.『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』 (原題:Revolutionary Road)
 2008年、イキリス・アメリカ映画。監督:サム・メンデス。
 原作はリチャード・イェーツの小説『家族の終わりに(英語版)』。
 映画の舞台は1955年ごろのコネチカット州。ニューヨークのベッドタウンでもある新興住宅地の「レボリューショナリー・ロード」と呼ばれる通りに面した庭付きの一軒家。夫のフランク(レオナルド・ディカプリオ)は事務機会社の販売部に勤め、美しい妻エイプリル(ケイト・ウィンスレット)、6歳の娘と4歳の息子。外目には絵に描いたような幸福な一家だが、夫はかつて父親が働いていた会社で、生き甲斐を見いだせず、浮気したりしており、妻のエイプリルは二人の子どもを育てている。
 ある日、エイプリルは、結婚当初にフランクが憧れていたパリでの生活が、フランクの人生を意味あるものにすると考え、夫にはヨーロッパにおいて成功してもらい自らは女優になるという夢の実現のため、人生で大きな賭けに出ることを決意する。
 フランクもエイプリルの人生における大きな賭けに出ることに賛同する。しかし、不運にも、エイプリルは妊娠してしまい、計画は御破算になる。フランクに自分の人生をやり直させようとしたエイプリルにとって、計画通りに事が運ばないことは、自分の人生の終わりを意味していた。出世という平凡な幸運に引き寄せられるフランクの子供を産み育てることにも意味を見出せなくなる。何か別の生き方・価値観を模索するエイプリルと、そうではないフランクとの間には、決定的な溝ができる。
 二人が決定的な喧嘩をする日の朝は、エイプリルが包丁でジャガイモの皮を剥くことから始まる。最初は二人は穏やかなふりをしていたが、徐々に罵り合いがエスカレートし、ついにフランクがエイプリルに致命傷のセリフを吐き、対決は翌朝持ち越してそこで最高潮に達してしまう。エイプリルには、自らの手で堕胎する道しか残っていなかった。エイプリルは出血多量で死亡してしまう。そしてフランクは2児を連れて「レボリューショナリー・ロード」を去り、ニューヨークに移り住むことに...。
(レオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレットは、映画『タイタニック』でも夫婦役で共演し、ケイト・ウィンスレットは監督の妻であり、本シリーズ16『愛を読むひと』では第81回アカデミー主演女優賞を受賞した実力派女優。)


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