ポテトエッセイ第113話

弱いものが生き残る(疫病とテントウムシ) 【ジャガイモ博物館】


■疫 病
 【写真:疫病被害葉】  ジャガイモは沢山の病気に罹ったり、害虫に食害されています。被害が最大でどこの国でも被害にあう確率の高いのが疫病(疫病菌Phytophthora infestansフィトフトラ・インフェスタンス)です。19世紀にご存知のアイルランド飢饉を引き起こし、多数の移民がアメリカに渡る原因を作った菌です。単なるあのカビですが、アイルランド系大統領ケネディ、レーガンなどを誕生させ、世界を変えた犯人、いやカゲの力持ちでもあります。
 インディオはこの菌や害虫の恐ろしさを知っているから、1, 2年ジャガイモをつくってからは4〜10年休閑しています。私どもも輪作を行って数年に1度つくることを原則としているものの、疫病は、特に乾燥する場合以外、毎年確実に発生しています。おまけに疫病にはたくさんのレースがあり、人のインフルインザウイルスのようなものです。
 品種改良は目的とする調理・加工(チップス、でん粉)に適し、病害虫に強いなど農家にも作りやすいものを考えて行われています。これに加え、葉を枯らしていもの肥大を妨げたり、時にはいもを腐らす疫病に抵抗性のあるものを選抜しています。その疫病抵抗性に2種あつて、真性抵抗性と圃場抵抗性に分かれています。平成に入る前、つまり「コナフブキ」の育成を行っていたころは主として、真性抵抗性に力を入れ、その抵抗性遺伝子をもったものの選抜に力を注いでいました。(「コナフブキ」の育成1981、道立根釧農試、でん粉用ですが北海道では「男爵薯」より広い面積に植えられています)。最近は特定のレースに抵抗性をもつものでは無く、罹ってもあまり病斑が拡大していかない圃場抵抗性をもつものの選抜に力点がおかれています。(圃場抵抗性があり減農薬栽培が可能なものとしては「花標津」、「さやあかね」、「マチルダ」があります)。
 北海道農試育成の「トヨシロ」、「ホッカイコガネ」、「エニワ」などはR1ひとつ、道立根釧農試育成の「コニフブキ」やオランダから入れた「アスタルテ」はR1,R3と2個の真性抵抗性遺伝子を持っています。しかし1980年代後半から高次レース疫病菌がでるようになり。高枕で寝ていられなくなってきました。面白いことに真性抵抗性は本当は抵抗性ではない、と言ってもよい。例えば「コナフブキ」の細胞にレース0という特定の疫病菌が侵入すると、わずか3-4時間で50%の細胞が過敏感細胞死を起こしてしまう。いっぽう「コナフブキ」も病気にかかるというレースが付着すると彼は侵入に気がつかないのか、感染を受けた細胞の50%が細胞死を起こすのに2-3日ほどかかる(北海道農試富山宏平)。つまり侵入しても細胞がすぐ死ぬと、次々と隣の細胞を犯せなくなるので体を守るようになり、結果的にすぐ死ぬほうが抵抗性がある、言っているわけです。
 山野でバッタリ熊にあって気絶してしまう人が襲われずにすみ、下手に熊に抵抗したほうが食べられてしまうのと似た話です。死んだふりがいいようです。
■刺激でコロリのテントウムシ
[写真:オオニジュウヤホシテントウの食害]
 テントウムシ(天道虫・紅娘・瓢虫)とは、コウチュウ目テントウムシ科( Coccinellidae)に分類される昆虫の総称です。ご存知の鮮やかな体色の小型の甲虫。和名は指先から太陽に向かって飛んで行くことから分かるように、太陽神の天道に由来しています。
 この科にたくさんの種類があります。ナミテントウやナナホシテントウなど肉食性のものは、益虫であり、クサカゲロウ、ヒラタアブの幼虫とともに農作物に被害を与えるアブラムシを食べる。益虫のテントウムシは、生物農薬として利用されているが、食べ終わるとどこかに飛んでしまう。
しかし、
1.ニジュウヤホシテントウ Henosepilachna vigintioctopunctata
2.オオニジュウヤホシテントウ Henosepilachna vigintioctomaculata
 この2種は害虫です。体長7mmほどで、淡い褐色の地に名のとおり28個の黒い点がある。名前のとおりオオニジュウヤホシテントウのほうが少し体が大きく、黒点も大きい。この2種はジャガイモやナスなどの葉を食害し、そんな悪さをするからでしょうかテントウムシダマシともいわれる。オオニジュウヤホシテントウは北海道から九州まで分布し、関東以南では比較的高地に分布します。
 越冬成虫は、春にジャガイモが葉を出すのと間もなく飛来し、刺激を与えると直に地面に落ちる習性があります。この出始めの時期だと人の手で簡単に除去できる。見た目の悪い幼虫による葉の食害は徐々に激しくなるので、なるべく早めに農薬を散布する。ジャガイモの近くに、遅れて収穫する同じナス科のトマトやナスを植えないようにするとよい。
【防除】ジャガイモが地面に顔を出した頃から発生に注意し、早期防除に努める。茎葉に散布してよい農薬としては『デナポン水和剤』があります。これはナストビハムシやワタアブラムシにも効果があります。
 実はテントウムシの体液にも、なんとアルカロイドという成分が含まれています。これによって、テントウムシは野鳥などから自分の身を守っています。鳥や害虫から逃げ出すことができないジャガイモも自らを守るためアルカロイドを含んでいました。これがインディオ達の知恵でかなり減らされて現在に至っています。

 カメムシはヘコキムシ、クセンコ、クサムシ、アネコムシと呼ばれることが多いようですが、テントウムシ(天道虫)をもアネコムシ(姉子虫)と呼ぶのを見聞したことがあります。どちらも臭くて、冬になると人家、事務所の梁とか寺や神社の軒下などで集団越冬する習性があるのが共通点です。
 なぜテントウムシをアネコムシと呼ぶのか。赤と黒の良く目立つ斑紋を持ち、半球の体形も可愛いところから、若い女性にも人気が高いからでしょうか。冬に隠れるようにして集団で寄り添っているから隠れキリスタンに関係があるのではと言う人がいました。また若い姉さんたちでも臭い屁するからだと開陳する人もいました。小生は英語のLady birdに由来すると思っていますが、落語家にお伺いたてりゃ、ニヤッとして、次のように答えるでしょう。 「テントウムシにチョイとちょっかいをかけてみな。すぐコロッと寝るから。まるで若いねいさんのようにな。だからだよ」と。テントウムシたちは、本当に僅かの刺激で葉からコロッと落ちてしまいます。
 しかし観察熱心なファーブルさんは『昆虫記』の中で、ショックで気絶しているのだと書いています。このショックを度々繰り返すと、人間様なら慣れるでしょうが、テントウムシはショックから覚めるまでの時間がだんだん長くかかるようになります。
 テントウムシはヨーロッパではLadybirdとかladybird beetle(淑女の甲虫)と呼ばれ、幸福の使者とされてきました。ギリシャ神話では牧羊神のアクセサリーになっていて、洋の東西を問わず、好感を持たれてきた昆虫です。この呼び名が語源ではないでしょうか。 エジプトでは火の神、あるいは幸運をもたらす吉兆として神聖視されました。キリスト教では聖母マリアを表す。殺しては大凶だと信じてている人は、万一殺したとき、次の呪文を唱えればいいそうです。
『Lady bird,ladybird. Fly away home. Your house is on fire. And your children all gone. −−−Nursery Ryme テントウムシ、テントウムシ 家に飛んで帰れ お前の家は火事だ お前の子供はみんないないぞ』(魔女除けの呪文)


*ジャガイモが武器 *へ戻る
*ジャガイモの品種改良 *へ行く
*110話 落語「馬大家」*へ行く
* 戦争とファッション(ラグランスリーブ、トレンチコート) へ行く
* ポテトエッセイ U 目次 へ行く
* 当館内の"項目からの検索" へ行く
スター ト画面へ行く